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夜の出来事

バーカウンターには、アディアが座っていた。マーキスは、部屋でキールと共に無言で食事を済ませていた。しかし、ほとんど喉を通らず、大気に溶けん込んでいる命の気のみを補充した。そしてさっさと風呂に入り、ベッドに横になったキールを横目に、下へ降りて来たのだ。

アディアがマーキスを見て、嬉しそうに手を振った。

「マーキス!遅かったのね。ラキが睨むから、出て来づらくて私も大変だったのよ。今夜はここで夜明けを待ちましょうか。それとも、外のお店に行く?」

マーキスは、アディアから離れて立ったまま、首を振った。

「こんなことは止めよう、アディア。オレは事の重大さを分かっていなかった。皆が知った時どう思うのかも、マイがどう考えるのかも、全く分かっていなかったのだ。いろいろ教えてくれたことは感謝している…だが、こういうことを皆がなんと思うのかまで、教えてはくれなかった。」

アディアは、立ち上がった。

「え…どういうこと?」

マーキスは言った。

「教わるのなら皆に話して教われば良かったのだ。マイはオレが、アディアまで共にと考えていると思うたのだろう。あの覚えのある暗い気は、シュレーが主を助けに行った時のもの。オレは…知らぬとはいえ、大変なことをしてしまった。恐らく何を言っても信じてはくれまい…もはや、心も離れたやもしれぬ。」

アディアは、マーキスに歩み寄った。

「それなら、私が傍に居るわ、マーキス。マイの代わりに、私を利用すればいい。」

マーキスは、絶句した。それは、前回オレがマイに言ったこと…、

「アディア…。」

アディアは、マーキスに抱き付いた。マーキスは、どうすればいいのか分からなかった。誰も、教えてはくれなかったから。


圭悟と舞は、気持ちよく酔いながら、宿屋へと帰って来た。圭悟は、ひたすらに楽しい事ばかり話してくれた。舞を、元気付けようとしてくれているのだ。なので舞も、その話に乗って、楽しく話していた。

「そうなんだよ、玲樹はあっちでもスプラッタは苦手でね…、」

宿屋に入った時、目の前でアディアとマーキスが抱き合っていた。実際にはアディアが抱き付いていただけだったが、二人にはそう見えた。舞が凍り付いていると、圭悟が笑顔から一転、マーキスを睨み付けた。マーキスは、ハッとしてアディアを突き飛ばした。しかし、見てしまっていたのは、そこにいる誰もが分かっていた。

「違う。」マーキスは、首を振った。「違うのだ。オレは断ろうとして…」

圭悟は睨み付けたまま、ツカツカと歩み寄ると、アディアの腕を掴んだ。

「戻るんだ。二人は話があるだろうから。」

アディアは、圭悟の形相に震え上がった。本気で怒っているのが分かったからだ。

圭悟がそのまま手加減なくぐいと腕を掴んで階段を上がって行く中、ラキが階段の上から言った。

「…全く…オレはこんなことをしている暇はないんだがな。だが、見せてもらった。アディア、ちょっと来い。ケイゴもだ。」

圭悟は少し驚いたが頷いて、まだ固まっている舞とマーキスを置いて上に上がって行った。途中、玲樹が宿の浴衣のようなものを着て、半分寝ているチュマを抱いて立っていた。

「オレも見た。アディア…どういうつもりだ。とにかく、あっちへ。オレの部屋へ来い。」

見ると、キールもシュレーもそこにいた。

皆は、玲樹の部屋へ入って行った。

一方、取り残された舞は、見た事実に、何を話せと言うのだろうと、悲しくなった。聞くまでもない…それが全てではないか。マーキスが何を言っても、結局はここで、アディアと抱き合っていたのは確か。その事実は、変わらない…。

マーキスが、思い詰めたような顔をして、舞を見た。

「何を言うても信じてはくれぬのだろうと思う。だが、本当にオレはアディアのことなど何とも思っておらぬのだ。オレは、ただマイと結婚するために、人の女は何を言えばどう感じるのか、教わっておった…一刻も早く、主と結婚したかったからだ。主が首を縦に振らぬのは、それに、オレにその身を許さぬのは、オレがヒトの男とあまりにもかけ離れておるからであろう?マイ…皆に言われるまで、オレは分からなかった。だが、主がつらく思っておるのだと皆に聞いて、アディアとは会うのを止めようと言いに来たのだ。」

舞は、涙が浮かんで来るのを感じた。

「でも…それでどうして、ここで抱き合っていることになるの?断りに来たのに?マーキス、もういいのよ。私がもたもたしていたのが悪かったのだわ。あなたがアディアを思うようになったとしても、仕方がないわ。今はそれどころじゃない…デューを倒さなきゃならないのに。私は、忘れる。」舞は、指輪を抜いてマーキスの手に押し付けた。「お互い忘れよう?とにかく、今夜は一人にして。」

舞は、踵を返した。マーキスは、舞の手を掴んだ。

「マイ!本当なのだ。オレは、主を…、」

「もう、やめて!」舞は叫んで、その手を振り払った。「一人にして!」

舞は、そこを走り出て行った。

「マイ…!」

マーキスは、手の中の小さな指輪を握り締めた。どうしたら良かったのだ。オレは、どうしたらマイを自分のものに出来たのだ。愛している…!今、これほどに。失って、更に募るこの気持ちとは何なのだ。この胸をえぐる痛みは、何なのだ…。

マーキスは、ただそこに座り込んで、生まれて初めての涙を流した。


圭悟に引っ張って行かれたアディアは、玲樹の部屋に集まった、皆の視線を浴びて、小さくなっていた。玲樹が言った。

「おかしいと思ったんだ…確かに、昨日はマーキスが誘ったんだろう。だが、あいつはこれっぽっちも色よいことなんか言わなかっただろうが。それに、また今夜もとなったら、それはおかしい。だが、マーキスには、それがおかしいこととは分からない。お前、そこはマーキスに言わなかったな?さっき、マーキスは間違いなくお前に断っていた。それを、どうしてあんな場所で抱きついたりしたんだ。舞と圭悟が外へ出てるのは、知っていただろうが。」

アディアは、弁解気味に言った。

「昨夜、マーキスに、マイと結婚したいが、自分が何も知らないので承諾してくれないので、一刻も早く結婚出来るように、必要なことを教えて欲しいと言われたの。それで、聞かれたことに答えたわ。それで、これからも私が、教えることがありそうな所があったら、声を掛けるからと言ったの…予行練習みたいなものだって。それで、ここでも…マーキスはバーなんか行ったこともないと思ったから、誘ったの。それだけよ。」

圭悟が言った。

「そんなことをして、舞がどんな気持ちになるのかわかっただろう。マーキスと舞は、本当に仲が良かったからな。アディア…分かっていて、どうしてこんなことをした。舞とは、友達だったんじゃないのか。」

アディアは、首を振った。

「そんなつもりはなかったのよ。本当よ。ただ、マーキスがあんなにマイと結婚したがっているから…。」

じっとその様子を見ていたアークが、口を開いた。

「…お前は病気みたいなものだから、そのせいかと思っていたのだが、違うな。アディア…やはり、お前はデクスに食われているんだな。」

アディアが、ギクリとした顔をした。ラキが、睨み付けるような感じで、目を細めてアディアを見た。

「やっぱり、そうか。お前は完全に食われていたからな…自我を取り戻させるのは、並大抵の術じゃ無理だった。」

シュレーが、驚いたような顔をして、ラキを見た。

「何のことだ?マイが浄化して、無事だったんじゃないのか。」

ラキは、シュレーを見て首を振った。

「何を言っている。人格の核になる場所が真っ黒なんだぞ。どうやって救えるっていうんだ?気を抜いたら、デューの管理下に下り、何かの弾みで、元へ戻る。そんなことがあったはずだ…アディアという人格が強く出ている時もあったかもしれない。だが、それはオレが取り戻した記憶に従っただけ。本来のアディアに戻ったのではない。今のアディアは、いうなればアディアという皮を被ったデューよ。ただ、その記憶でアディアのフリをしておるだけの、の。」

圭悟は、それを聞いてゾッとした…そんなものと、一緒に旅をしていたのか。でも、ほとんどアディアの時もあったのに。

アディアは、首を振った。

「違うわ!私はアディアよ!デューでもデクスでもないわ!」

ラキは、首を振った。

「違う。お前はアディアの影だ。本当のアディアは、とっくに死んでいる。心を殺され、体を乗っ取られてな。生きていると思っているのは、アディアの記憶を使ったデューであるからだ。時に、デューの残酷さが顔を出す。お前は、「アディアの記憶」でしかない。」

アーク以外の皆が、絶句してそれを聞いていた。まさかそんな…これが、デクスだったなんて。それでもアディアは、頭を抱えて首を振った。

「違うわ!私は今、正気よ!時々、デューの声が聞こえるだけよ!」

圭悟は、ラキを見た。

「もしそうなら、どうしてこっちへ連れて帰ることを許したんだ?お前が言うに、これはデューなんだろう。」

ラキはため息を付いた。

「お前達はどこまでも甘いではないか。あの時点で、こやつを置いて行けと言って、お前達は置いていったか?オレはあの時、一刻も早くあの場を逃れなければならなかった…主らを説得している暇などなかった。それに、これを連れていれば、デューと繋がっている…つまり、あちらもこちらを探れるかもしれないが、こちらもあちらを探れる可能性があるからだ。危険ではあっても、連れて行くメリットはあった。デューではあっても、アディアの記憶がある限り抑えはきく。なぜなら、向こうもこちらを騙そうとするからだ。アディアのフリを続けなければならないからな。デューが、チャンスがあればこの中を乱そうとすることは分かり切っていたことだ…もしもマーキスを取り込むことが出来たら、さらに好都合だったろうしな。」

アークは、圭悟を見た。

「嫌な予感はしていたんだ。舞が浄化した直後であっても、たまに不穏な気を感じる時があったからな。

本当に中心が真っ黒なままで、自我を取り戻したことになるのかと…。」

アディアは、涙を流した。座り込んで、下を向いている。そして、打ちひしがれたまま、言った。

「…薄々気づいていたの…自分は、何かとんでもないものになっているんじゃないかって。たまに、何かの声がする。その声は、私に悪いことばかり囁くの…眠っていても、夢を見る。デューが座って、ひたすらにそこはどこだと聞く声。何か、別の人の目を通して、何かを見ているような…心の中にある記憶が、まるで軽く遠いことのように思えたり。やっぱり私は、もう私ではないの?」

ラキは、険しい顔で横を向きながら頷いた。

「そうだ…アディアの心は、オレが術を掛けようとした時には恐怖のあまり、死んでいた。残っていたのは、デューに利用されていた、記憶の一部だけだった。お前は、細かい所が思い出せなかったりしただろう…そこは、残っていなかった部分だ。オレは記憶を表面化させ、自我を作り出した。オレが術を解けば、今でもお前は抜け殻だ。あの襲って来た兵士達のようにな。」

聞かされた事実に、シュレーも圭悟も、玲樹ですら息を飲んだ。確かに、自分という記憶があるのに、それはただの記憶だと言われる恐怖…。本人でなければ、分からないだろう。

アディアは、頷いた。

「…やっぱり、そうなのね。醜い感情も、全てはデューのもの。だって私はデューなんだもの。」と、顔を上げて皆を見た。「そうよ。私はマイを妬んだわ。あんな気持ち、初めてだった。幸せそうな巫女のマイを、誰もに大切にされて庇われて、それでも力を持って生まれて来ていたマイを、妬んでいたのよ!マーキスが話掛けて来た時は、ラッキーだと思ったわ。部屋が一緒なのを知っていたから、出来るだけたくさん話してマーキスを帰さなかった。マイがどう思うかもわかっていたのよ…幸せなお嬢様を、苦しめてやりたかった。自分の幸せを分かりもしない子に、思い知らせてやりたいと、抗えない感情が湧きあがって来たのよ。そんな危険性をマーキスに知らせなかったのも、私の計算よ…なんて汚い、醜い心。そんなものが、私に湧き上って来るなんて…!みんなみんな、デューだったんだわ。私は、デューなのよ。デューでしかないの…!」

圭悟は、アディアのやったことを知っても、責める気になれなかった。記憶でしかない、自分…。一体、どんな気持ちなのだろう。しかも、他と比べるものが無いほどに邪悪なものだと、わかって尚、生きて行けるだろうか…。

同情するような皆の視線に晒されて、アディアは後ろへ下がった。

「やめて…!」アディアは、涙を流しながら後ずさりした。「そんな目で見ないで。私は…私は…!」

ラキが、叫んだ。

「駄目だ!アディア、抑えろ!」

「ああー!」

アディアが、真っ黒な霧のようなものを噴出させた。窓ガラスが吹き飛び、皆は顔を庇った。

「…!遅かったか…!」

ラキは言う。

アディアは、何か違うものに変貌しつつあった。

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