再びシオメルへ
夕方には、シオメルに到着した。舞は、つい数週間前にここへ初めて来た時の事を思い出した…あのときは、本当に何も知らなかった。キールもマーキスも人型に戻り、皆はひと所に集まった。リシマが、舞に寄って来た。
「舞、我は興味深い話を聞いての。話がしたい。今夜、時間は取れるか。」
舞は、なんのことか分からなかったが、キールに乗っていたシュレーを見た。シュレーは黙っている。玲樹が慌てて割って入った。
「まあまあ、陛下、その話は後で。それより宿へ参りましょう。もう、日が暮れる。」
リシマは頷くと、歩き出した。何も知らない圭悟が玲樹に寄って来て、小声で言った。
「なあ玲樹、話があるんだ。」
玲樹はちらと圭悟を見た。
「…昨夜のことか?」
圭悟は驚いた顔をした。
「え…まさか、知ってるのか?あの、マーキスの…。」
玲樹は頷いた。
「知ってる。それでこっちは大変だったんだぞ。リシマ王まで舞を、とか言い出すし。」
圭悟は呆気に取られた。
「だから騒がしかったのか。」
宿屋は、すぐ目の前に迫っていた。玲樹は急いで言った。
「とにかく、後でな。まず落ち着こう。」
そこは、シオメルでもまあまあ大きな宿屋だった。一階に酒場と土産物屋が入っていて、二階三階が客室だった。既にたくさんの客が飲食している。見ていると、アディアがソッとマーキスに寄って行って、何かを指している。どうもバーカウンターの方を見ているようだ。マーキスは、回りを気にしながら、小さく頷いた。玲樹はピンと来た…間違いない…今夜も、ここで待ち合わせか。
圭悟が、眉を寄せる。玲樹は、圭悟が何よりそういうことを嫌うのを知っていた。まさか、ここでマーキスに問い詰めるとかないよな。やめてくれ、こういうのは、現場を押さえるのが一番なんだって。
玲樹は思ったが、圭悟が寄って行ったのは、舞だった。
「舞、今日は部屋を合わせよう。話の続きもあるだろうし。」
カウンターで空室を調べていた舞は、驚いた顔をした。
「圭悟?そんなに無理をしなくていいのよ。話してたら、ゆっくり眠れないでしょう?」
圭悟は、首を振った。
「いいよ。こういうことは、はっきりさせないと。」
カウンターの係の男は、鍵を出した。
「じゃあ、二階に二部屋、三階に三部屋。これでうちは満室だ。」
舞は、頷いてそれを受け取ると、腕輪を翳した。圭悟は、キーを一つ取ると、他を玲樹の手に押し付けて舞の手を握って階段を進んだ。
「後は頼んだ、玲樹。用があったら腕輪で呼んでくれ。さ、舞、行こう!」
舞は、いつになく強引な圭悟に驚いた。手を引かれて歩いて行くと、マーキスが言った。
「ケイゴ、何のつもりぞ!」
圭悟は、マーキスを振り返った。
「さあな。どうせ、ほっとくんだろ?」
マーキスは驚いた顔をした。
「何の事だ…。」
「自分の胸に聞くんだな。」
圭悟は、そのままためらっている舞を引きずって、階段を上がって行った。玲樹はため息をついて、キーを振り分け始めた。
「彼らの隣の部屋にしてくれぬか。我も舞と話したいと申したのに。」
リシマは、キーを受け取った。ラキが、キーを横から取った。
「ほらアディア、行くぞ!」
アディアはびっくりした顔をした。
「え、私ラキと?」
ラキはあからさまに眉を寄せる。
「安心しろ。オレはこれっぽっちもお前に興味はない。」
アディアは、真っ赤になった。
「もう、分かってるわよ!あんたはもう!」
アディアはプリプリ怒りながらそれについて行く。玲樹は、マーキスにキーを渡した。
「お前は、キールとな。オレはシュレーと部屋に入る。」
シュレーは、首を振った。
「オレは陛下と。お前は、アークとにしろ。」
玲樹は、シュレーがリシマを見張ろうと思っているのが分かった。
「分かったよ。」
マーキスは、鍵を握り締めたまま、玲樹に問うた。
「レイキ、あれはどういうことぞ。ケイゴは何を言っておる。オレは、あんなことを許すつもりはない。」
玲樹は、マーキスを気の毒そうに見た。
「マーキス…慣れない事はするな。お前に隠すのは無理だよ。後は何の事か自分で考えろ。」
玲樹は、アークを促して階段を上がって行った。マーキスは、残されたキールを見た。
「キール、主は何か知っておるだろう。あやつらは、何を話しておったのだ。」
キールは、マーキスを見た。
「兄者…オレも、兄者が悪いと思う。」
マーキスは驚いた。キールが、こんなことを言うことは今までなかった。
「オレが?オレが何をしたと言う。」
マーキスは下を向いた。
「…オレからは言えぬ。兄者が一番わかっていることだと思う。だが、このままではマイはリシマか、シュレーか、それともケイゴに奪われてしまうぞ。いや、もう兄者からは、心が離れておるのかも知れぬな。オレも、マイ自身に話しを聞いた訳ではないので分からぬが、あの暗い気を見たら、マイが苦しんでいるのは分かるぞ。兄者…隠しても、誰かに見咎められるものなのだ。」
マーキスは、表情をこわばらせた。まさか…。
「キール。それは、昨夜のことか?」
キールは、頷いた。
「これ以上は言えぬ。」と、マーキスの手からキーを取った。「では、先に戻っておる。部屋に食事を持って来てもらうので。腹が減った。」
階段を上がり始めたキールに、マーキスは言った。
「キール、違う!オレはマイのことを愛しておるのだ!」
キールは、ちらとマーキスを振り返った。
「兄者…レイキが、言っておった。たいがいの男は、発覚したら女にそう言うのだとの。レイキも何度も言ったのだそうだ。まさか、本当に兄者の口からそれを聞こうとは。」
マーキスは首を振った。
「オレは嘘は言っておらぬ!キール…」
「兄者。」キールは、言った。「オレに言うても、無理ぞ。」
マーキスは呆然とした…シュレーが舞を失ったのは、こんなことではなかったか。シュレーは舞を愛していると言った。だが、舞の心はもう、シュレーにはなく、自分に…。まさか、それと同じことが、起ころうとしているのか。舞は、オレではなく、もはや圭悟に…?
マーキスは、慣れないことに戸惑いながら、自分が抜け出せない罠のようなものに捕まって、必死に足掻いている様を思った。
圭悟は、舞と二人で部屋で食事をしながら、言った。
「オレ、ああいうのがどうも許せなくてな。」圭悟は、舞を申し訳なさそうに見た。「すまない。隠れてコソコソとか、本当に嫌なんだ。何でもきっちり白黒決めてからにしたらいいじゃないか。玲樹みたいに、遊びってお互いに分かっていたらいいんだよ。お金が絡んだ関係だし。でも、心が絡んでるのは、オレ、裏切るとか許せないんだ。」
舞は、苦笑した。
「圭悟…いいのよ。私も、はっきり聞けばよかったのに、なかなか勇気がなくって。それより、嫌な思いをさせてしまってごめんなさいね。これから、また大変なのに。ハン・バングへ行ったら、そこからまたどうやってデューを倒すのか考えなきゃいけないでしょう。なのに、こんな恋愛ごとなんて構ってる場合じゃないのに。」
圭悟は、首を振った。
「苦しいままじゃ駄目だろう。戦いにも支障をきたすかもしれない。だから、すっきりしなきゃな。でも、マーキスがあんな奴だったなんて…シュレーも、憤っていたよ。」
舞は、下を向いた。
「もう…いいの。マーキスとは、私の気持ちが落ち着いたら、ちゃんと話すから。今は、そういうの忘れて食べましょうよ。このルクルク、すっごく柔らかくておいしいわ。」
圭悟は、微笑んだ。
「そうだな。後でシオメルの街の、酒場へ行こう。ここの酒場もいいけど、三軒隣の酒場は安いし肴もうまいんだ。生ハムとチーズなんて絶品だぞ。」
舞は、目を輝かせた。
「ああ、食べたい!生ハム好きなの、楽しみ~!」
二人は、それからは現実社会のこととか、そういったことを話しながら、マーキスのことには一切触れずに明るく会話したのだった。