グーラの花嫁
ローラとジョシュは、毎晩その場所で会って、話した。ジョシュはとても頭が良く、人の言葉をすぐに覚え、ローラが人の言葉で話していても、理解することが出来た。そうこうするうちに、ローラがある提案をした。
「ねえ、ジョシュ。私、面白い術を見つけたの。一緒にやってみない?」
ジョシュは、少し退いた。
『またか。主の、この間のヤツは大変だったであろうが。主の声が出なくなってしもうて、このままでは帰れないと明け方まで術を解くのに四苦八苦した。オレはもう、あんなことはごめんだの。』
ローラは身を乗り出した。
「今度こそ。きっとこれは気に入ると思うわ。ねえ、姿を人に変えられるのよ。」
ジョシュはびっくりした。姿を人に?
『…オレに、人になれと言うか。』
ローラは、首を振った。
「そうじゃないわ。私と会う時だけでいいの。だって…」と、言い掛けて、ローラは顔を上げた。「理由は、ジョシュが人の形になれたら言う!ねえ、やってみて。私も手助けするから。ね、一度でもいいから。」
ジョシュは、いつになく一生懸命頼むローラに、仕方なく頷いた。
『わかった。だが、オレの魔力もそんなことに使ったことがないゆえな。どうなるか分からぬ。それでも良いか。』
ローラは頷いた。
「ええ!じゃあ、言う通りにやってみて!」
ジョシュは、意識を集中した。人に…この姿が、人になる。しかし、あんなに小さくなれるものだろうか。
そんなことを考えている間に、自分とローラから出た光は自分の体を包み込み、目の前が真っ白になったかと思うと、あれほど下に見下げていたローラが、間近に見えた。ローラが、口を押えて目を丸くしている。ジョシュは、首を振った。
「…どうなった?失敗か?」
ローラは、涙目で首を振った。
「大成功よ。ああジョシュ…よかった。私、ずっとこうしたかったの…。」
ローラは、ジョシュに抱きついた。ジョシュは驚いてそれを受け止めた。ローラの暖かさが、自分の人の腕を、胸を伝わって感じられる。ローラ…。
「…なんだか、変な心地ぞ。」
ジョシュが言うのに、ローラはぷうと膨れた。
「なあに、変って。」
ジョシュは、じっとその青い瞳でローラを見た。
「なんと申すか…決して主を食いたいのではないが、それに似た心地なのだ。ひと思いに、ガブッと。」
ローラは笑った。
「ふふ、それはもしかしたら、私のことが好きってことかしら?」
ジョシュは眉を寄せた。
「好き?確かに嫌いではないが…」と、ジョシュは考え込んだ。「そうよの、グーラの感覚で言うと、子を成したいというか。」
ローラはびっくりした顔をした。すごい、ストレートなんだけど。
「ええっと…それ、もしかして人の結婚ってことかしら。人も、その、そういう行為をして、一緒に暮らすのよ。一人の人と、ずっと一緒に。」
グーラのジョシュには、よく分からなかったが、何とか理解しようと努めた。
「確かに、我らも子を作るのは決まったメスとだけぞ。オレはまだそんな仲のメスはおらぬがな。」
ローラは真剣な顔で頷いた。
「ジョシュ…私はあなたが好き。ずっと一緒に居たいわ。ジョシュは、どう?」
ジョシュは頷いた。
「好きという感情かどうかは分からぬが、主とはずっと共に居たいと思う。子も、主となら作っても良いかの。しかし…オレはグーラ。主は人。良いのか?ローラ。」
ローラは、頷いた。
「いいの。」ローラはジョシュに抱きついた。「あなたという命と一緒に居たいんだもの…。」
ジョシュは、ローラをしっかりと抱きしめ直した。そして、ローラにされるがまま、その唇を合わせた。そして、必ずローラを幸せにしようと、心の底から思った…人の幸せとは、いったい何なのだろう…。
そうして、昼間も時間を作っては、二人は共に過ごした。その度に、ジョシュはもはや慣れた術を使って人型になり、ローラと共に過ごした。ジョシュは生まれて20年ほどだったが、ローラは生まれてまだ18年だった。ローラはジョシュを愛して、毎日ぴったりとジョシュにくっついていた。そんなローラに、ジョシュの子が宿ったのは、必然だった。
「…お姉様にお話しするわ。」ローラは言った。「バルクに住んでいるの。お母様に反抗して出て行ってしまって、あちらに居るのだけど、お姉様ならきっと出産だって手伝ってくれる。ジョシュ…もしかしたら生むまでの間、私はあちらへ行かなければならないかもしれないけど、いい?」
ジョシュは答えた。
「人の出産のことは、オレにも分からぬしな。そうするが良い。オレはこっちで待っておるよ。」
ローラは、頷いた。
「とにかく、先にお手紙を送って置くわね。ジョシュ…愛してるわ。本当は離れていたくないのに。」
ジョシュは微笑んだ。
「我らの子のためぞ。オレも我慢するゆえ。」
そうして、ローラは姉のセリーンに手紙を書いた。
しかし、この手紙がセリーンに届く前に開封され、サラマンテやその回りの者達が知ることになってしまった。
他ならぬ巫女の、しかも力の発現の強い巫女が、グーラとの子を宿した。
それは、ミクシアに住む者にも、それにその周辺の山岳地域に住む一部の少数民族にも、納得が行かなかった。巫女を人の型でたぶらかしたグーラとして、ジョシュは狙われることになった。ジョシュが人目に触れて襲われてはいけないと、ローラも決して山へは行かなかった。事情を知っていたジョシュも、奥に入って出て来ることもなく、静かに過ごしていたが、いよいよローラの腹が大きくなって来たのを見て、山頂近くに住んでいた民族が、決起して、巫女をたぶらかしたグーラを始末すると山狩りを始めた。
ジョシュは、仲間達に被害が及ぶのを恐れて、仲間の元を離れて山中に一人潜んでいた。しかし、そこへその民族の兵達が踏み込んで来た。
ジョシュが、人を殺すことが出来ず、なす術もなく襲われるままになっていた時、神殿に居たはずのローラが必死にジョシュを庇って前に出た。
「やめて!私の夫なのよ!この人が何をしたと言うの!」
しかし、ジョシュが思いの外弱いと見た兵士達は、完全に興奮状態で術を放つのをやめなかった。そのうちに、一人が叫んだ。
「あんな穢れた巫女など、子供もろとも殺してしまえば良い!」
術の矛先が、ローラに向かい出した。ジョシュはそれを見て、もはや立ち上がる気力すらなくなっていたが、激昂して炎を吐いた。
『我が妻と子に、何をするか!』
炎の大きさに、それまで嬉々として術を放っていた兵士達はたじろいた。そして、何人かがそのひと吐きで滅っしられた中、我先にと転がるように逃げ出し始めた。
それを見たジョシュは、もう立ち上がることも出来なかった。ローラも、そこに倒れ、虫の息だった。
『ローラ…!ローラ、しっかりするのだ!我らの子のため…頑張るのだ。』
ローラは、震える手を上げて、術を放った。その術は、ローラの腹の方へと降りて行き、そして、それは腹を離れて光りの玉になって地上へと降りた。そして、その光が消えた後には、卵がひとつ、現れた。
「良かったこと…この子は、グーラの血を引いておるから。こうして、卵でも孵ることが出来るのよ。」と、ジョシュを見て、自分のペンダントを渡した。「ジョシュ…愛してるわ。あの時、死んでいた私を救ってくれたのは、あなた。ここまで生きれただけでも、幸せなのよ。そう、私は、とても幸せだった…だって、愛していたのだもの。ジョシュ…ジョシュ…愛してるわ。」
ジョシュは、そんなローラを抱き締める力すら、もう残っていなかった。それでも、言った。
『ローラ…オレもすぐに行く。一緒に、あちらで過ごそうぞ。』
ローラは、薄く微笑んだ。そして、愛おしそうに卵に触れた。
「ああ…あなたの顔を見たかったわ…。」
ローラは、そして、目を閉じた。ジョシュは、自分の気が遠くなって行くのを感じながら、叫んでいた。
『ローラ…!』
そうして、ジョシュも気を失った。