支配
次の日、日が昇って来るのと同時に、9人は出発した。舞はチュマを自分のウェストポーチに入れ、言った。
「しばらくは命の気がある場所を歩くから、チュマは休んでて。小さいチュマは軽いし持ち運び便利だわ。」
チュマは、舞を見上げた。
『ボクは、あっちの姿に慣れて来てたんだけどな~。ま、いいや。』
ベイクまでは丸二日の道のり…。先に聞いていて良かったと舞は思った。歩きながらまだかしらまだかしらと思うより、先に知っていた方がいいからだ。
清々しい空気の中歩いていると、アディアが一番後ろをとぼとぼと歩いて来るのに気が付いた。舞は、アディアの事を振り返った、横に並んで歩いた。
「アディア…疲れて来た?大丈夫?」
アディアは、微笑んで首を振った。
「平気よ。ごめんね、心配掛けて。」
舞はアディアに微笑み掛けた。
「いいのよ。あの、シャルディークに言われたことを気にしているの?」
アディアは、見るからに元気がなくなって下を向いた。
「そうなの、つまりはあんなものを一生心の中に飼っておけってことでしょう?とってもショックで…。」
舞は歩きながらアディアの顔を覗き込んだ。
「うーん、確かに面倒なものかもしれないけど、誰でも少しは心の中に変なものを飼ってるものだと思うのよ。」舞は、言った。「自分の心から出た黒いもの。自分のせいで黒くなる人。そんな人いるんだよ?アディアは、綺麗なほうだよ。私が、毎日浄化するんだもん、中心部分はアディアじゃないんだから、そういう病気みたいなものだって割り切っちゃえばいいと思うな。心の病気と、うまく付き合って行こうって覚悟しなきゃ。もうこうなってしまったからには、仕方ないんだよ。そのうちに、その黒いのも消す術が編み出されるかもしれないし、それを信じて気長にやろう?」
アディアは、小さくため息を付いたが、頷いた。
「そうだよね。落ち込んでも消えないんだから、仕方ないわ。私ね、ミクシアに置いてもらえないかなあ…巫女の君の近くに居たら、身も清められるっていうか、そんな感じがするんだ。」
舞は首を傾げた。
「さあ…ミクシアに住んでいる人達の定義って知らないのよね。代々そこに居るから住んでいるのか、修行するために遠くから来た人達が寄り集まっているのか…ただ、きっと退屈だよ?アディアなんて、都会っ子でしょう?シオメルとかに居たならいいけど、バルクで王城に仕えてたんだもの。ミクシアには、本当に何もないんだから…私ですら、サラ様と話す他何もすることなくて、ここで一生は無理かなあって思ったぐらい。」
アディアは、プッと噴き出した。
「マイったら、ほんとに巫女らしくないわね!巫女って言ったらミクシアの神殿の奥にふんぞり返ってこっちを蔑んで誰にも口を利かないって感じのイメージだったのよ?あまりにも違うんだもの…攻撃魔法も使うでしょう。」
舞は肩をすくめた。
「一番信じられないのは、私自身なんだから。巫女なんて柄じゃないのに。でも、そうなったからには、自分の出来ることをするわ。それが義務だと思うから。」
アディアは頷いた。舞は普通の女の子だ。それなのに、こうして戦って、巫女という運命にも特に憂いることもなく、受け入れて道を歩き続けている。自分も、王立軍に入った時に覚悟したはずなのに。任務の途中にこうなったのだから、命があっただけ、良かったと思わなければ。
それからは二人は、取り留めのない話で笑い合いながら、ベイクへ向かって歩く皆の最後尾を付いて行ったのだった。
そうして、一日目の日は暮れた。ふと見ると、そこはアーク達と共に洞窟を抜けて出て来た、まさにその場所の近くだった。舞は言った。
「まあ、アーク。この辺りよね?」
アークは、頷いた。
「よく覚えていたな。そうだ、この辺り…もう少し奥へ入ったら、入り口がある。ここを出て歩いて行ったのは、ほんの少し前なのにな。リーマサンデを一週しそうな勢いで歩き回って来たな。」
リシマは、カンデ高原を前に伸びをした。
「我もついぞこのように歩いて移動することはなかった。やはり、地に足を付けて居らねばならぬ。いつなりヘリコプターで運ばれて…それではいけないな。」
リシマが感慨深げに佇んで高原を見ている後ろでは、今日もアークが食事の支度だった。今日の助手は玲樹だった。肉のおいしそうに焼ける匂いに、舞はついふらふらとそちらへ歩き出したが、さすがのリシマも同じようで、同じように肉につられて歩いて来て、皆と同じように皿に肉や野菜を取り分けてもらい、そして同じように談笑しながらそれを食べたのだった。
近くの洞窟までも行かないまでも、岩の窪みのような感じになっている所に集まって、皆が寝袋に入って寝入った深夜、入り口近くのキール、それに同時にマーキスも目を開けた。サッと寝袋から出たキールは、入り口の横に身を寄せて外を伺う。マーキスも、スッと寝袋から出てグーラに聞き取れるギリギリの声で言った。
「…一人よな。」
キールは、頷く。二人はソッとそこを離れ、洞窟の外側の横に両側に分かれて身を隠してじっとしていた。
すると、一人の人影がこちらへ近付いて来た。足音を潜め、ゆっくり近付いて来る。そして、その人影が入り口に立った時、マーキスとキールは同時に踏み出してその喉元に剣を突き付けた。
「何の用だ。」
マーキスの声に、その人物はそちらを見た。
「マーキスか。」
マーキスは、その顔に眉を寄せた。
「ラキ…どうやってここを知った。」
皆が、声に気付いて次々に寝袋から出て来る。そして、マーキスとキールに剣を突き付けられたラキと対面した。
「ラキ!どうしたのだ。」
シュレーが立ち上がって寄って来る。ラキは言った。
「オレだけじゃない。王立軍が、ベイクからこちらへ向けて探索しているんだ。」
リシマが言った。
「我を迎えにか。」
ラキは、リシマを見た。
「はい。王からのマーリが昼頃あちらへ到着いたしました。しかし、あなたをお助けしようとしておるのではありません。」
リシマは、眉を寄せた。
「…何があった。」
ラキは、マーキスを見た。
「それを話に参った。剣を下ろしてくれ。」
マーキスはキールと目を合わせ、頷いて剣を下ろした。シュレーが、ラキを中へ促した。
「どうしてここが?」
ラキは、フッと笑った。
「上には何も伝えていないが、マーキスとキールから微弱な電波を検出出来るのだ。腕輪の中の、位置を知らせる機能の一部のような。それで大まかな場所は特定出来る。細かい場所は分からないので待ち伏せに合ってしまったがな。」
二人は驚いた顔をした。圭悟は、思い当たって言った。
「首飾りか!確か、位置だけでも検索出来るようにと小さな発信機を付けてあるんだった!」
皆は、それをすっかり忘れていたことに身の毛がよだった。よく今まで気付かれなかったものだ。
ラキは頷いた。
「こっちに来た時から知っていた。だが、本当に大まかな場所しかわからない。デシアに入ったのも、なので知っていたが、そんなに近くに居るのは知らなかった。」
リシマが急かした。
「それよりも、軍ぞ。なぜに我を狙っておる。」
ラキは頷いた。
「陛下、陛下が連れ去られた後、すぐにデューは引き返して来ました。そして、あろうことか軍全てに向けてあの黒い気を放ち、軍はそれに飲まれた。王城は全て、今奴の支配下にあります。しかし奴は目から血を流し、体が崩壊しつつあった…他の体が要ると、回りの人間達を尽く自分の身の代わりに使い、六人程を陛下の代わりに使っております。陛下なら一人でおさまったあの力も、一般人ならそうなると苛立っていた。」
リシマは眉を寄せた。
「何という事を。我は何とか奥深くの意識を保っておったが、あやつらは…。」
ラキは、視線を落とした。
「はい。完全に飲まれ、もはやただのデューの力の入れ物になっております。」
リシマは、険しい顔のまま黙り込んだ。ラキは続けた。
「とにかく、今はお逃げください。なぜかこやつらの力からは逃げようとした…我らには未知の波動でありましたが、それを大変に恐れておる様子。王城を自分の支配下に置き、己の身を守ろうとしておるのです。とりあえずこやつらと共にライアディータへ逃れ、そこから策を練ってくださるようお願い申し上げます。」
リシマは、ラキを睨んだ。
「そのような!臣下達があんなものに憑かれておるのに…、」
ラキは、首を振った。
「もはや、臣下ではありません。ただの呼吸する肉の塊。もしくは己の考えもなくただ操られる人形。それだけに、死を恐れるような行動もせず、闇雲に突っ込んで来るので厄介なのです。陛下がヤツの支配に再び下れば、それこそ皆の苦労が水の泡になる。このまま、山を越えてライアディータへ逃れてください。夜が明けぬ前に。」
シュレーが、ラキを見た。
「お前は、なぜ平気なのだ。あの気をもろに食らったのではないのか。」
ラキは、フッと笑った。
「オレには元々、深い闇がある。闇の中へ入り込んで来れる闇はないのだ。それはデューも分かっているようで、オレの恨みを晴らす手助けが出来ると言って、手を貸すようにと言って来た。それが事の始まりであったがな。」と、立ち上がった。「ゆっくり話しておる暇などない。オレの知っている道がある。急だが今まで知る最短距離で頂上へ辿り着く。頂上へさえ辿り着けば、あとはマーキス達が主らを運べば楽に国境は越えられるだろう。しかし暗いうちでなければ、グーラは目立って狙い撃ちにされる。夜明けまであと6時間あるか…とにかく、急ごう。」
皆は慌てて寝袋を縮めて畳みもせずにそれぞれのカバンに突っ込み、ラキについて暗闇の中を早足に歩いて行った。
冬の夜の空気は、ひんやりと頬に痛かった。