ROLA
その日は、ナディールに泊めてもらうことになり、皆は一つの家を与えられ、そこの居間に集まっていた。アークのペンダントと、ルーラから渡されたこのペンダント…。二つを並べて、じっと見つめていたのだ。シュレーが言った。
「間違いなく、同じ物だ。微妙な色合いの違いは、天然石なのだから仕方ないだろう。しかし、カットの仕方から、大きさ、それにチェーンまで全く同じ。ここまでの物なのだから、かなりの身分でなければ持てない。アークの母のものか?」
アークは首を振った。
「いいや。ラーイ殿は、まだ母は生きていると言った。しかし、このペンダントの持ち主の巫女は、20年前に亡くなったのだろう。」
圭悟が、そのペンダントを持ち上げた。
「ふーん、アークの物には、裏に名前が刻んである。もう一つの物は?」と、圭悟はそれをひっくり返した。「えーっと…ROLA…ローラか。」
アークとマーキスと舞が、同時に圭悟を見た。
「なんと言った?ローラ?!」
アークも、それを手にして裏を返した。確かに、ROLAと書いてある。シュレーが、呆然としているアークとマーキスに言った。
「単純に考えて、これは母が子供に渡した物だとしたら?」シュレーは、二つの名前を指した。「アークにはARCKと、ローラにはROLAと。」
アークはシュレーを見た。
「確かにオレには姉が二人居ると聞いたが…オレは今28だ。歳が離れすぎてはいないか。とても偶然とは思えぬのだ。マーキスの母の名もローラなのだから。計算も合う。つまりは20年前には、子を生める程の歳だったわけだろう。」
シュレーは、首を振った。
「別に10年以上離れている兄弟も、居ない訳じゃない。アークは、父親の幾つの時の子なのだ。」
アークは、答えた。
「…遅かった。45の時の子だ。」
シュレーは、頷いた。
「つまりは母もそれぐらいぞ。ならば上に二人姉が居てもおかしくはない。」
アークは黙った。ローラが姉だとして、姉は巫女の血筋と言われていた…ならば、オレは巫女の子なのか。父は生きていれば今75。まだ存命なら、母もそれぐらいの歳…。
「サラ様?」舞は言った。「まだ生きていらっしゃる。最後の、巫女だと言って…他には、私と、ナディアだと。」
アークは、愕然とした。姉が二人。ならば…。
「ならばもう一人の姉は、セリーンだ。」アークの言葉に、皆が仰天した。アークは皆を見た。「セリーンの母はサラマンテ。前回共にバーク遺跡に入った時、聞いた。」
玲樹が叫んだ。
「そうか!なんか見たことがあると思ったら、それはセリーンがオレに見せてくれたからだ!確かに同じ物を持っていた。自分のルーツを知らせる物なのと言って…。母は嫌いと言っていたが、店の名も、それから取ったんだ!」
舞は、セリーンを思い出していた。真っ直ぐの黒髪に、緑の瞳。そう、アークと同じ、緑の瞳だった。
「では、やっぱりアークは、サラ様の子…。だから、神殿のあのサインが見えたのね。」
アークは、呆然とそこに座っていた。サラマンテ…あの巫女が、オレの母上。信じられないが、そう考えれば全ては説明が行く。アークは、ペンダントを見つめた。
「ならば…マーキスはオレの姉の子。オレの甥になるのだ。」
マーキスは、黙っている。シュレーは言った。
「では、どうしてマーキスはグーラなのだ?瞳も青い。父がグーラだったのか?そんなことがあり得るのか?チュマも居ないのに…。」
皆が、一様に黙った。マーキスは、口を開いた。
「それだけではない。人は卵など生めない。結構な大きさであるぞ?百歩譲ってグーラの方が女と言うならまだ納得出来たがの。ああは言うておったが、ローラはオレの母ではないのやもしれぬ。」
皆、もっともなことに考え込んだ。マーキスは、その時まだ卵の中だったので、外は見えていなかった。思い出した記憶というのも、断片的なそこだけのことだった。ローラと呼んでいたのが父なのかも、呼ばれていたのが母なのかも、判断のしようがないのだ。
「マーキス…他には何も覚えていないのか?」
圭悟が問うのに、マーキスは首を振った。
「何も。何しろ、まだ生まれる前であるぞ?それもデクスに侵入されねば、記憶の中にあることさえ知らなんだ。とにかく、オレのことは良い…また後でゆっくり調べれば良い事だ。それより、デシアへ行かねばならぬのだろう。早くあのとんでもない兵器を破壊してしまわねば、気になって仕方がないのだ。早くこの後の策を練ろうぞ。」
黙って聞いていたリシマも、少しホッとしたように言った。
「主らの素性のことであるのだから、気になるのは分かるが、今は世のことを考えて欲しい。マーキスに良識があって助かったぞ。」リシマは、皆を見た。「それらのこと、落ち着いたら調べるために確かに我が力添えすると約そう。今は、あの兵器の行方を考えよう。」
確かにそうだった。このペンダントの出現で、すっかり頭から消えてしまっていたが、それどころではなかった。
アークが頷いてペンダントを仕舞い、舞ももうひとつのペンダントを、どうしようかと思ったが、自分の首から下げた。こうしておけば、どこかで誰か、知っている人に会った時に、声を掛けてもらえるかもしれない…。
シュレーが言った。
「あの時、我々が地下6階で作られていたあの兵器を破壊しようと降りた時には、制御部分だけがなくなってしまっていました。横の隔壁が開いていて、水の匂いがした。恐らく、あそこから川に繋がる通路に出れるのでしょう。」
リシマは頷いた。
「地下は軍が使っておっての。どの階からも横に流れるセイン河に出れるようになっておる。あの河は港町のデイナルにも、商業地のサン・ベアンテにも、それに、山岳地帯にもつながっておって…農耕の街ベイクにも近い。」
舞が、圭悟を見た。
「私達が、行きしな使った河は?」
圭悟は舞を見た。
「ああ、ハンデンツを抜けた時の奴か?あれはダイナ河というんだ。リーマサンデには、大きな河が多いから、交通に便利なんだよ。」
リシマが微笑んだ。
「そう。ただ、山岳地帯のナディールから、海の方へ抜ける東西のルートに乏しくてな。今もここからなら、歩くしかない。二日ほど歩いて、やっとベイクだ。そこから街道を行くか、セイン河を船で行くかというところか。そんな訳で、ここいらに来る者はほとんどいない。手のつけようの無い病に苛まれて初めてこんな所まで来る気持ちになるのだから、人とは己の命に執着があるものよ。」
圭悟は、頷いた。その生に何かの望みがあるのなら、すがりたいと思うのは当然のことだろう。圭悟は、リシマを見た。
「陛下は平気ですか?この辺りは命の気がとても強い…リーマサンデの住人は、元々これに晒されることがなかったから、長時間浴びるとおかしくなると聞いたのですが。」
リシマは首を振った。
「それがなぜか、我ら王族はそのようなことはないのだ。我は若い頃、ライアディータに留学していたことがある。一年居たが、体に変調はなかった。リーディスもこちらへ来た。ま、あやつは元より気があっても無くても変わらぬがな。」
アークが言った。
「では、陛下がお辛くないのなら、明日から山岳地帯を西へ向かいましょう。そして、ダイナ河を越えてセイン河で船に乗り換え、デシアを目指してはいかがでしょうか。どの道、デューに憑りついたデクスがどの辺りに潜んでおるのか分かりませぬ。セイン河に沿って逃げたのなら、そこへ参れば手がかりがつかめるかもしれません。簡単に隠せるような大きさではありませんし。」
リシマは、考えていたが、頷いた。
「そうであるな。ベイクに近付けば、王都から迎えも来よう。我は今朝、主らのマーリを借りて王城に連絡を入れてあるのだ。我でなくば分からぬコードを記してある。もう、主らを疑うこともあるまい。」
圭悟は、それを願った。しかし、長く追われていたせいか、言いようのない不安を感じる…。何か、考えも付かない黒い重い意思が、自分達をじっと見ているような…。