リシマ
リシマは、完全に気を失っていた。全く意識もなく、しかし体はどこも悪いところはないようだった。アディアが、そのリシマを遠巻きに見ている。どうしても、近寄れないようだった。
シャルディークが、スーッとマーキスから離れると姿を現した。ぼんやりと光るそれは、皆の前で燃える火を突きぬけても全く平気なようだった。そのシャルディークは、リシマの顔を覗き込んで言った。
『…ふむ。まだ残っておる…こやつには強い良識があったようよ。その部分が全て飲まれるのを拒んで、自我を守った。』と、手を翳した。『デクスは相手の心を服従させる技に長けておった。まずは恐怖…人は、恐怖に苛まれると己を失う。それで心を操るのだ。』
アディアはギュッと両手の拳を握りしめた。そう、自分はそれに負けてしまった…。
シャルディークは言った。
『しかし、このリシマという男は、己の根本を守った。なので外側は真っ黒であるにも関わらず、中心は真っ白よ。逆であったら、大変であったがの。』
皆は、思わずアディアを見た。その視線に気付いたシャルディークは、じっとアディアを見た。そして、眉を寄せた。
『…そうか。主は負けたか。』
アディアは叫んだ。
「どうしたらいいのですか?!どうしたら、元に戻れるの?!今は、日に一度マイに浄化してもらって、自分を保っているのです!」
シャルディークはその場でじっと浮いていたが、言った。
『我は嘘は言えぬ。正直に申そう。主はもう、元には戻らぬ。』アディアが、息を飲んだ。シャルディークは続けた。『分からぬか。主はの、生きている限りデクスをその身の中で飼っておる状態。己の中へ受け入れてしまったからの。デクスは相手を取り込む時、その記憶を自分の中に取り込んで、どんどんと心の奥底へと浸潤し、全てを食らう。そして、その記憶から恐怖でもって、まるで己の分身のように使うのだ。主は、恐らく誰かに手助けしてもらったのではないか?自我を持ったままそこまで食われておる人など、初めて見る。』
アディアは、自分の記憶を探った。ラキ…ラキが、術で恐怖を抑えたと言った。
「ラキという敵の兵士の一人が、私に任務を与える時に術で恐怖を抑えたと言っていました。」
シャルディークは頷いた。
『そやつが主をこのようにしたのだな。恐らくそれが精一杯だったのだろう。その術がなければ、ただの人形のように、デクスのいう事を聞くものでしかなかったはず。』
シュレーが割り込んだ。
「ラキは、オレ達のことも助けてくれたんだ。」皆が驚いたように振り返った。「あいつは、あの兵器を破壊したいと思っていた。詳しい事を教えてくれたのも、その兵器の場所を教えてくれたのも、ラキだった。オレの正体が、バレていたにも関わらず。」
玲樹が、信じられないというような顔をした。
「ラキ…あの裏切り者が?!」
シュレーは、頷いた。
「あいつは詳しくは話してくれなかった。だが、恨んでも居るし、友人だと思ってもいると。…父の名が、ラルクと言って…ライアディータに戻ったら調べろと言っていた。」
圭悟が言った。
「ケンジは、イーデンで顔の利く男がずっと手助けしてくれていたと、言っては居なかったか?あの世界を制御するほどの装置の話を聞かせてくれたのも、その男だと。もしかして、ケンジのパーティを手助けしていたのは、ラキだったんじゃ…。」
シュレーは、眉を寄せた。
「…ラキは、一昨日の夜憔悴しきって帰って来てた。始末しなければならない者達が居たと。相手が望んでも、殺すのは、つらいとは言わなかったが、つらそうだった…。」
アークがシュレーを見た。
「それは、前のメインストーリーを完結させたパーティの四人だ。サン・ベアンテ郊外の屋敷に軟禁されていたのだ。話しを聞きに行った時には襲撃された後で、オレ達は虫の息だったケンジというものに話しを聞いた。ケンジは死にたいようだった…そうか、ラキか。」
一同は黙った。では、ラキはこれまでの経緯をかなりの範囲で知っている。ラキさえ、こっちへ戻ってくれたなら…。
シャルディークが言った。
『とにかく、そのラキとはいう男のお蔭で、アディアといったか?アディアの自我は戻ったように見える。本来ならばそこまで真っ黒であったら、自我などない。ただの肉の人形か、狂った人よ。しかし…自我が戻っても戻らなくても結果は同じ。死するまでは逃れられぬのだ。…我なら、連れて行かぬ。ここに置いて行く。』
アディアは、ぶるぶると震えた。じゃあ…未来永劫、死ぬまで浄化してもらい続けなければならないの?
舞が、アディアの肩に触れた。
「大丈夫よ、アディア。私もナディアも、それにミクシアのサラ様だって浄化出来るのよ。毎日そうしていたら、普通に暮らせるのだから。そんなに暗くならないで。置いて行ったりしないから。」
アディアは、震えながら頷いた。アークが、シャルディークを見上げた。
「では、リシマも浄化すればいいのか。」
シャルディークは頷いた。
『そうだ。巫女の力であれば簡単なことであろう。ナディアもそうだったが、こと治癒や守りに対しては我より強い力を持っておったからの。』
皆が舞を見たので、舞はアディアから離れて、いつもやるようにリシマに手を翳した。目を閉じて見ていると、シャルディークの言うように、アディアとは違って中心は真っ白だった。舞が浄化の光をそちらへ向けると、白い部分はまるで手を伸ばすようにこちらへと寄って来た。そして舞の浄化の力に触れると、それはさーっと解けるように、黒い中に幕を引くように白く大きくなった。それがあまりにも眩しくて、舞は思わず目を開けて何度も瞬きをした。
「…どうだった?」
圭悟が、舞の顔を覗き込んで来る。舞は、頷いた。
「うん、大丈夫だわ。」
リシマは、ゆっくりと目を開いた。皆が顔を覗き込む中、リシマは大仰そうに瞬きをした。
「ここ…は?我は…どうなった。」
「あなたは、古い悪魔のようなものに憑かれておったのです。」圭悟が、言った。「覚えておられないでしょうが…ずっと、閉じ込められて。」
リシマは、そこに居る一人一人を見た。そして、アークに目を止めた。
「アーク・ライネシア。」
アークは頷いた。
「はい。覚えておられますか。」
リシマは、頷いた。
「ライアディータの、リーディスの城で会うた。」と、視線を動かした。「その…男。」
リシマの視線は、マーキスを見ていた。マーキスが答えた。
「オレが何か?」
リシマは頷いた。
「我は主に、助けてくれと訴えた。あのように自由を奪われた我の前に、主ほど大きな気を持っておった者は居なかった。」
マーキスは眉を寄せた。
「その声は聞こえなかった。しかし、結果的にはそうなったのやもしれぬの。」
リシマは頷いた。
「礼を申す。我はあやつの…デューの、いや、デューに憑りついた何かの、操り人形であった。普段はデューの体には強すぎる気を、我に溜め込んで力を使う時は我を連れて移動した。いわば、我はあやつの力の貯蔵庫のような役割であったの。そして、王であるから、皆に命じることが出来る…全てのことを意のままに出来る。王が暴走したら、いったいどんなことになるのか目の当たりにした。リーディスはどうしている。」
アークが答えた。
「こちらを探れと。リシマ王、あなたの真意を知りたいのだと言っておられました。」
リシマは、頷いた。
「あやつらしいの。よくこちらへ軍を差し向けずにおってくれたもの。多くの民達を犠牲にするところであったわ。事情も知らぬものが大半で、皆我に忠誠を誓って信じてついて来てくれている者ばかりであるのに。あんな化け物のために、そんなことになっておったら、我も絶望で最後の心も食われてしまっておったであろうの。」と、舞を見た。「主の光…なんと心地よかったことか。我は思わずそれに手を伸ばした。全てを洗い流してくれた。主は、巫女か。」
舞は、突然リシマに手を握られて驚いたが、頷いた。
「はい。あの…普通の巫女ではなく、戦うことの出来る巫女です。なので、か弱くはありません。」
リシマはじっと舞を見つめた。あの時金色だったリシマの瞳は、今は緑色に戻っていた。髪は暗い茶色で、リーディスもそうだったように、それは美しい顔立ちの王だった。王族って、みんなこうなのかしら。別に好きとか嫌いとかではなくて、手を握られたりじっと見つめられたりしたら、ドキドキするんだけど。
舞が思っていると、マーキスが後ろからグイと舞の腕を引いた。舞はびっくりしたが、マーキスが言った。
「オレの妻になるのだ。マイという。」
リシマが、驚いたようにマーキスを見た。
「そうか…主の。マイと申すのだな。覚えておこう。」
リシマは、フッと息を付いた。それを見た圭悟が、気遣わしげに言った。
「さあ、少し休まれた方がいい。食事を準備しましょう。それからぐっすり眠って、明日からの事はまた明日、お話ししましょう。」
リシマは、頷いた。
「ああ。すまぬ…世話になるの。」
そうして、圭悟はアークを手伝って皆の食事の準備をし、休めるようにと寝袋を整えて、やっと一息ついた。