ラキ
シュレーは、キールと共に街の入り口近く、脇に入った場所の、茂みで潜みながら、じっと王城の方を伺っていた。もう、日は高く昇っている。チュマから、もうとっくにマーキスが人型に戻ったのは聞かされていた。それから二時間…。これだけ何の連絡もないということは、マーキスがリシマと話す試みは失敗し、捕まったのは間違いない。あの精神的拷問をされるという部屋で、リシマに会うしかない状態だろう。しかし、街は静かだった。いつもの様子から、外れる様子もない。つまりは、何も問題なく王城は混乱もしていないということだ。
キールが苛立たしげに立ち上がった。
「こんな事はしておれぬ。兄者は今にもあの化け物が居る部屋へ入っておるやもしれぬのに。やはり我らはあの地下へ参ろう。兵器を破壊して兄者を助け、脱出するのだ。」
シュレーも悩んだが、それが最善だと思った。マーキスが捕らえられたなら、そっちに意識が行っているはず。行くなら今だ。
シュレーも頷いて立ち上がった時、聞き慣れた声がした。
「…何をしておる。マーキスは恐らく夕刻には拷問部屋へ送られる。リシマと話すなどと言うていたが、無駄だ。奴は操られている。」
シュレーは、驚いてそちらを見た。ラキが立っていた。
「ラキ…お前はどこまで知っている?デューのことも知っているのか。」
ラキは頷いた。
「あいつは化け物だ。正攻法では消す事は出来ない。早くマーキスを連れて出て行くんだな。お前達はまとめてお尋ね者だぞ。」
シュレーは首を振った。
「あの兵器を破壊してからだ。ラキ、力を貸せ。お前はあれを止めようと思っているんだろう?オレ達にあれを見せたのは、それをさせようと思ったからだ。違うか?」
ラキは、険しい顔をしてシュレーをじっと見ていたが、ため息を付いた。
「…ここまで馬鹿だとは思わなかったからな。破壊の前に話し合うなどと…無理に決まっておろうが。人がいいにもほどがある。」と、背を向けた。「来い。見付からずに侵入出来るルートを教えてやる。だが、そこまでだ。捕まった時、助けてもらえるなどと思うな。オレにはオレのやり方がある。」
シュレーは頷いて、キールと共にラキについて街に入って行った。
ラキに連れられて行ったのは、街の入り口から少し入った場所にある、人目を避けたような石造りの小さな戸の前だった。ラキは、その戸を押し開くと、シュレーとキールが入って来るのを見て、また閉めた。そして、手を翳して光の魔法で辺りを照らした。
そこは、幅一メートルも無いほどの、両側を積んだ石で囲まれた地下道だった。三人は、無言で地下に伸びたその細い道を抜けて行った。
緩い下り坂をかなり歩いたところで、ラキがフッと光の魔法を消した。そして、身振りで脇へ寄るように言い、壁に沿って歩いて行くと、そっと前方を指差した。指差す先には、突き当たりに光が見え、その横に警備兵が立つ入り口があった。そこを伺いながら、ラキは言った。
「あそこを入れば、地下三階だ。後は己で道を開け。」
シュレーは、頷いた。
「感謝する。」と、ラキを見た。「お前は、どうしてここに居る。あんなことを知ったなら、ライアディータの王に知らせたら軍を差し向けて阻止したのではないか。」
ラキはシュレーを見つめると、フッと笑った。
「オレはリーディス王は嫌いだ。ずっと恨んでいた…子供の頃拾われた時からな。」
シュレーは、驚いた顔をした。
「何だって…、」
ラキは声を立てずにクックと笑った。
「オレの父の名は、ラルク。」ラキは言った。「オレがお前達を恨むのも真実、友として思うのも真実。戻って調べるがいい、シュレー。」
シュレーは、名を呼ばれたのに驚いて目を見開いてラキを見た。ラキは後ろへ下がった。
「バレぬと思ったか?立ち合った時に確信した。お人好しは変わらぬ。ではな!」
ラキは、足音を立てずにその道を引き返して行った。
一方、アーク達は、まだデシアへ向かう道をひたすらに歩いていた。舞もアディアも必死について来るが、ペースが速すぎるのはわかっていた。それでも、マーキスが今にもあの部屋へ連れて入られるのではないかと、焦る気持ちから足を止められなかった。ヴァンリーからなら近かったデシアも、ブールからは大人の男の足で急いでまる一日の距離がある。どんなに急いでも、日暮れになるのはアークにはわかっていた。黙ってひたすら歩いていた皆に、圭悟が言った。
「ここで、昼にしよう。」
アークが、驚いて圭悟を振り返った。
「ケイゴ、そのような暇は…。」
圭悟は首を振った。
「体力だけは、絶対に温存しなきゃならない。あちらに着いてフラフラだったら、助ける事も出来ない。必要なのは、早く元気に着く事だ。」
アークは、皆を見た。余裕のある自分に比べて、アディアも舞も、立っているのがやっとな感じだった。玲樹も圭悟も余裕があるようだったが、玲樹は言った。
「腹が減った。体力はあるが、オレも何か食いたい。」
アークは、頷いた。
「よし。飯にしよう。」
そうして、脇に寄ると、木々の間に入って、そこに座った。アディアはホッとしたようだったが、舞は複雑な表情で左手を抱き締めている。そこには、ほんの数日前にマーキスに贈られた指輪があった。夫になる男が、命の危険に晒されているかもしれないと考えると、休む事も出来ないのだろう。アークは、それを見ていたたまれなかったが、焦っても同じだと思い、黙って昼食を準備した。
シュレーは、剣を抜いた。
「キールは右。オレは左だ。」
キールは、同じように剣を抜いて頷いた。シュレーが、言った。
「よし、今!」
二人は、岩陰から飛び出して警備兵に斬りかかった。相手は不意をつかれてよろめき、剣を抜く間もないままそこに倒れた。
「たわいもないの。」
キールが言った。すると、そこの警備兵達が守っていた戸が開いた。
「…どうした?今の音はなんだ。」
内側を守る兵達だ。シュレーは咄嗟に相手を押し退けると、走った。
「来い!キール!」
二人は駆け出した。警備兵が叫ぶ。
「緊急事態だ!二人侵入した!!」
声が追って来るが、二人は辺りからなだれ込んで来る警備兵達を斬りながら進んだ。
「階段はどこだ!」
シュレーが叫ぶ。その時、またたくさんの兵達の足音が聞こえ、シュレーはキールに引っ張られて脇の部屋へ飛び込んだ。
「…あそこだ。」
息を整えるシュレーに、息を乱してもいないキールは、戸を細く開けて隙間から見ながら言った。そこは、兵達が降りて来た場所だった。
「ここで、落ち着くのを待とう。」と、回りを見た。「どうもここは部屋ではなく倉庫らしい。人も入って来ないだろう。」
シュレーが言うのに、キールは険しい顔をした。新たな兵は降りて来ないが、この階は兵士でいっぱいだ。しかし、一刻も早く階上に行かねばならないのに…!
「オレが囮になる。」キールは言った。「主は、あそこから上へ。隙を見て兄者を救うのだ。」
シュレーは驚いた顔をした。
「無理だ!お前が逃げ切れない!」
キールは、フフンと笑った。
「では、お前が兄者とまとめて助けてくれれば良いわ。」
「キール!」
キールは、飛び出した。兵達が驚いてキールを追う。
「居たぞ!こっちだ!」
シュレーは、兵達が通路いっぱいに走って行くのを見た。グーラは…!いったいあいつらはどんな考え方をしてるんだ!
「簡単に助けろなんて言いやがって!」
シュレーは、言いながら階上へと走って行った。
階上は、階下よりは人は少なかった。だが、そこの狭い掃除用具入れらしき場所に潜んだシュレーは、奥の拷問部屋らしき場所を伺いながら、そこへ連れて来られて来るだろうマーキスと、恐らくキールも、待っていた。二人がひと所に集まったら、一度に助け出す!しかし恐らくは、そこまで行き着くのにかなりの数を斬らなければならないだろうが…。
まだ慌ただしい中、シュレーはひたすらにただじっとそこで様子を見続けたのだった。