その装置
次の日の朝、シュレー達はまた出社した。給料はきっちり毎日支払われていたが、シュレー達はお金には困っていなかったので、それより全く有益な情報が手に入らない方が気になっていた。
出社するとすぐ、ラキが出て来て三人を呼んだ。
「時間通りだな。こっちへ。案内する場所がある。」
三人は、頷いてラキの後について歩き出した。ラキは、地下一階へと降りて行き、そしてなんのためらいもなくそのまま地下二階へと向かおうをした。シュレーが、足を止めて言った。
「レンから、ここから先は一般の警備兵は降りてはならないと言われていたが。」
ラキはシュレーを見た。
「一般の警備兵はな。お前達は違う。オレの権限で昨日登録させて置いたから、自由に出入りしていい。そんなことより、来るんだ。見せたい物がある。」
シュレーはマーキスと目を合わせたが、マーキスが何も言わずにシュレーをちらっと見ただけだったので、ラキについてまた階段を下りて行った。
地下二階について、通路を奥へと歩いて行き、その突き当りにあるエレベーターの前に立ってから、ラキは言った。
「ここは牢がある階だ。王立軍のいろいろなことは皆地下三階以下で行なっている。なので、ここからセキュリティーが厳重になる。」
と、ラキは自分のIDを翳してから暗証番号を入れ、最後に人差し指を当てた。ピッと音がして、エレベーターのドアは開いた。
「地下6階へ行く。」
ラキは言うと、シュレー達を促してエレベーターに押し込んだ。ガラス張りだが、回りがコンクリートの壁なので、それしか見えない中、エレベーターは地下6階へと降りて行く。そのうちに、数字が5に差し掛かる頃、下から光が見えて来た。
「あれを見よ。」
ラキは、そのガラス張りのエレベーターから見下ろす広い空間の真ん中に、まるでどこかのSF映画で見たメインコンピューターさながら、真上から見たら円形、横から見たらたくさんの円盤が積み重なったような形の装置が、たくさんの線に繋がれてあるのを見た。回りでは、防護服のような白い物をすっぽりとかぶった者、そうかと思うと、普通の格好の者が、忙しなく立ち働いていた。
「…なんだこれは…。」
シュレーが呟く。ラキは、言った。
「社長が何よりも完成したがっている、命の気を使った兵器よ。」ラキは、何の感情も無いような口調で言った。「恐らくはこれを全開にすれば、この地の半数以上が死滅する。この地とは、リーマサンデ、ライアディータ、両国を合わせてのことであるがな。」
シュレーは、絶句した。これが…これが、イーデンが命の気の流れを変えてまで完成したかった物。
「…なんと大それたことを。」
マーキスが、誰にともなくつぶやいた。ラキは、フッと笑った。
「それを社長の前で言うでないぞ。これに命を懸けておるようであるからの。」
エレベーターが到着し、ドアが左右に開く。そして、四人はそこに降り立った。傍で見ると、さらに大きな装置だった。その回りを歩きながら、ラキが言った。
「こちらの、円盤が積み重なって居るよう見える場所がコントロールパネル、発射口は一番上にある…命の気のすごい所は、目標の場所まで真っ直ぐに行くのではなく、曲がっての進路も入力すれば可能であるという事だ。つまり、ここから山を狙おうと思うたら、まず上空100メートルぐらいまで真上、そこから南へ、という風にな。標的が、発射口の直線上に無くても大丈夫ということだ。」
キールが言った。
「しかし…半数以上を死滅させるなど。そこに、何のメリットがあるというのだ。」
ラキは答えた。
「もちろん、全てを殺してしまうつもりなどない。」ラキは、声を潜めて言った。「最初の一発を、どこかの部族の村に当てる。一瞬にして無に帰すだろう。そして、その部族がどんな不正をしていたかなどをでっち上げ、その罪の罰をして行なったと公表するわけだ。」
シュレーは、唸るように言った。
「…見せしめか。」
ラキは頷いた。
「そうだ。そんな力は、未だ誰も見たこともなかろう。なので、それを見せしめのために行ない、誰も逆らえぬようにする…社長のデュー・イーデンは、リシマ王と接近して王城をこのような形にして自分の会社と王家が深く繋がるように持って行き、この装置を提案したのだと聞いている。リシマ王がそれを快諾したため、こんなものが作られたらしい。」ラキは、そう言ってその装置を見上げた。「これは、命の気という命を繋ぐための力を使って人殺しをする、兵器なのだ。」
マーキスが険しい顔をしてじっとその装置を睨んでいる。シュレーは言った。
「それだけのことをしようと思ったら、膨大な量の命の気が必要なんじゃないのか?リーマサンデでは、そんな量を集めるのは無理だろう。」
ラキは、シュレーを見た。
「ここ一年ほどは、開発に必要な命の気は手に入れていた。だが、今はまたそれが枯渇しつつある。本部には、主らも感じておるだろうが、こうして魔法を使えるだけの命の気を人工的に集めて、供給している。海や山から命の気を吸い上げて、こちらへ送ることに成功しているからな。しかし、命を繋ぐ分しかない命の気を吸い上げるので、海の魚も少なくなり、山も木々が枯れて来ておる。もうそろそろ限界なのだ…なので、前々から我らに命じられておったのだが、大地から直接いくらでも命の気を吸い上げることが出来る、巫女をさらって来いと今、強く言われておるのだ。」
シュレーは、眉を寄せた。まさか、それをオレ達に?しかし…それは、恐らくナディア殿下のことだろう。舞のことは、世の誰も巫女なのだと知らないからだ。
シュレが黙り込むと、ラキは傍の戸を開けて言った。
「こっちへ。」
シュレーは、目の前にあるその兵器に視線を戻しながらも、ラキについて横の部屋へ入った。そこは、普通の会議室のような場所だった。ガラス窓がはめ込まれてあり、装置が見える。
「お前達のことだから、ここまで言っても怖気付く事はないだろうと話したが、どうだ?平凡ではない任務だろう。」
シュレーは、ラキを見た。
「確かに平凡ではない。だが、そんなことに賛成しろと言う方が難しいだろう。そもそも、お前は納得しているのか?また、任務とはこんなもの、か?」
ラキは、シュレーを見つめていたが、笑った。
「納得?ああ、最初はこれで何もかもうまく行くのではないかと思ったものだ。だが、そんなはずはない。」と、そこの窓から見えるその兵器を見た。「…まさかこんなもので、本当に世界を操ろうとしておるとはな。」
シュレーには、ラキの本心が分からなかった。マーキスはただ黙ってラキを見ているだけで、何も言わない。その落ち着いた瞳の奥で、一体何を見て何を感じているのか、シュレーには全く分からなかった。
「お前は…そんな奴じゃない。」シュレーは、言った。「理由もなく、自分の利益のためにたくさんの人を殺せるような人間ではない。オレは、そう思う。」
ラキは、シュレーを見た。そして、言った。
「お前に何がわかるのだ。」ラキは、シュレーにくって掛かった。「オレもただの人間だ!恨みも妬みもあって、それに突き動かされてそれを拭い去るために、つまりは自分のために動くことだってある。なぜにオレに、人生をオレの為に生きてはならぬことがある!」
ラキは、言ってしまってから、ハッとしたような顔をした。シュレーは、ラキの本心が一瞬見えたのだと思った。
「ラキ…。」
シュレーが言うのに、ラキは横を向いた。
「ああ…すまぬ。本当にお前は知り合いに似ておるのだ。」と、ラキは言い訳がましく言った。「そいつとはもう、こんなことも言えぬがな…。」
マーキスは、ラキを見て言った。
「ラキよ。なぜに入ったばかりの我らをここへ連れて参った?そして、なぜにあのような機密事項を我らに話して聞かせたのだ。主、何か思う所があるのではないのか。」
ラキは、マーキスを見返して、言った。
「さあな。お前の目には、何が見えている?」
マーキスは答えた。
「主の偽り。」マーキスは、遠慮なく言った。「真実ばかりの先程と違い、ここに入ってから時に顔を出す。何か知っていて、我らに隠しておるの。」
ラキは、マーキスを見ていたが、声を立てて笑い出した。
「ははは、そうか。お前には全て見えておるか。だがオレなど、偽りだらけで真実の方が少ない。真実を探す方が、骨が折れような。」
マーキスは、また黙ってラキを見た。シュレーは、マーキスが何を感じ取ったのか知りたかった。