サン・ベアンテ郊外の屋敷へ
シュレーは、ラキとの対面を待ちながら少し緊張気味に座り直した。ラキに、自分のことがバレるのではないかと考えていたためだ。昨日と同じようにチュマを託児所に預けて来た三人は、言われるままに地下一階の一室に通されて座っていた。マーキスが言った。
「なんだ?落ち着かぬの。主にしては珍しいことではないか、シンよ。」
シュレーは、マーキスをちらりと見やった。いつ見ても、落ち着いていて取り乱す風もない。こいつらグーラには、焦りや恐怖といった感情はないのだろうか。
「…お前ら兄弟のようには生まれついていないからな。お前達は、焦りや恐怖ってのはないのか?」
マーキスとキールは顔を見合わせた。
「無いはずはあるまい。一応、こうして生きておるのだからの。しかし、いくらそれを表に出しても状況は変わらぬではないか。むしろ、悪くなる方が多いの。なので、表面には出さぬのだ。」
正論だったが、そんな風には出来ない。シュレーがそう思いながら、時間に正確なラキがなかなか現れないことに戸惑いを覚えた。もしや、もう気付いているのではないか。
そこに、レンが戸を開いて入って来た。
「いや、待たせてすまない。ラキは、昨夜遅く、急遽下された命令を遂行しに出て行ったきりでな。まだ帰って来ない。恐らく、昼過ぎになるだろう。それまで、この本部の中を案内しよう。ついて来てくれ。」
シュレー達は顔を見合わせた。ラキが急な任務で出ている…まさか、アークや圭悟達が見つかったのではないだろうな…。
「ラキは忙しいのか?」
シュレーが、レンに問うた。レンはシュレーを見た。
「ああ、いや、ここに居る時はそうでもない。ただ、ラキは社長が個人的に使うからな。だいたいが難しい任務だと聞く。今回も、厄介者を消すだけだと言って出て行ったがな。」
シュレーは勤めて平静を装って言った。
「厄介者?ついに逃亡者が見つかったのか。」
レンは手を振った。
「いいや、そうじゃない。まだ警備兵に撤退の命令が無いからな。居場所がはっきりしているようだったぞ?」
シュレーは、ホッとした。ならば、ラキが討伐に行ったのは圭悟達ではない。そうして、レンは言った。
「ここが、地下一階だ。ここは王立軍との共有スペースで、ここで情報を交換したりしている。これより下は王立軍が使っているし、一般の警備兵は入ることはない。しかし、ラキとその仲間は別だがな。」
シュレーは、地下へと降りて行く道を見た。そこからは、王立軍の場所。アディアを助けに来た時、あの通路を脇目も振らず駆け降りて行った…追われていた。しかし、アディアを連れ出せたのは、偶然ではなかった。ラキは、それを知っていてアディアに任務を与えていたのだ。自分は、泳がされていた…他の仲間も一網打尽にするために。だが、こうしてうまく逃げ遂せるとは、ラキにも計算外のことだったらしい。
三人ともに黙っているので、レンは上を示した。
「じゃあ、地上一階から案内しよう。」
三人は、レンについて階段を上がって行った。
一階からはエレベーターを使って、自分達に渡されたIDカードの使い方を教わりながら上がって行った。レンは、一階一階説明してくれた。そして、10階まで来た時、言った。
「ここは、オレ達の階。お前達は用がない限り上がって来ることは許されない。ここから上は、特別なIDが無ければ上がることも出来なくなっている。」
シュレーは頷きながらその扉を見た。左右に開くようになっている自動ドアで、鉄で出来ている。横に、ID認証用の機械と、暗証番号を入れるためのキー、それに指紋認証用のパットまで着いている。一筋縄では、これから上には行けないようになっているのだ。
シュレーは、軽く笑った。
「火事でも起こったら、上階の者はみんな焼け死ぬってことだな。緊急時にこんなことはしてられないしな。」
レンは笑った。
「おいおい、そんな危ないはずはないだろう。」と、横の壁を叩いた。何やら空洞の音がする。「この向こうが避難口になってるのさ。上からしか開かないうえ、滑り降りるタイプだから、下から上るのは無理だがな。なので下から侵入しようとしても、翼でもない限り無理なんだよ。」
シュレーは、大袈裟に感心したような顔をした。
「へえ~。それはまた考えたヤツはすごいな。だが、王城ってのはそんな人数が少ないのか?一人ずつ滑ってたら日が暮れてしまうだろう。」
レンは首を振った。
「こんなものを考えたヤツが、それを見落とすと思うか?大人数用で幅がかなり広い。五メートルはあるぞ。ま、使う時がないことを祈るがな。」
マーキスが、それを聞いて考え込んでいた。シュレーは、その中がどんなふうになっているのか、気になって仕方がなかった。
夕方になり、さすがにシュレー達ももう帰ろうかと思っていた頃、慌ただしく入って来る人影があった。レンがそれを見て言った。
「ラキ!さすがに待ちくたびれたぞ。」
そこには、ラキが立っていた。シュレーは、前に見た時よりも、少し疲れているような印象を持った。
「思いの外、気持ちの滅入る任務でな。」ラキは言った。「あちらで少し休ませてもらった。で、それが言っていた賞金稼ぎの奴らか?」
レンは頷いた。
「そうだ。シン、マーキス、キールだ。」
ラキは、じっとシュレーを見た。シュレーはその目を見返して、わざと胡散臭げに言った。
「なんだ?何をじっと見ている。」
ラキは、ハッとしたようにシュレーの顔を見返した。
「いや。知り合いに、びっくりするほど似ていたのでな。だが、そんなはずはない。」
シュレーは、やはりラキには分かるのだと思ったが、ため息を付いた。
「なんだ、何かの誘いか?悪いが、オレは男には興味はない。」
ラキは、心持ち憮然としたような顔をした。
「オレとて同じだ。本当に似ておっただけよ。」と、マーキスとキールに視線を移した。「…驚いたな。これほど体に感じるほどの圧力を感じたのは初めてだ。普通は精神的にプレッシャーを感じるぐらいなんだが…恐らく、お前達はものすごい気の力を持っておるだろう。それをぎゅっと抑えているような印象を受ける。」
あながち間違っていなかった。大きな体で大きな気を持っているグーラが、小さな人型になっている訳なのだから、ギュッと縮められているのは確かだ。マーキスが言った。
「ふーん、よく分かるの。しかしこんな力を街中で全開になどしたら、どんなことになるか分かっておるゆえな。それなりに小さくまとめておるのだ。」
嘘はついて居ないが、正解でもない。そんな答え方を、マーキスはした。ラキが言った。
「レン、掘り出し物かもしれんが、しかしこれらは言う事を聞かぬタイプの奴らぞ。何に逆らっても生きては行けるからな。扱いの難しい奴らを決めよってからに。」
レンは、困ったような顔をした。
「そんなことを言うても、後はロクなヤツが居なかったんだ。言ったことは完璧にこなしてくれると約束してくれている。とにかく、使ってくれ。」
ラキは、三人、とりわけシュレーを見た。そして、頷き掛けた。
「来い。明日からのことを話す。」
三人は、ラキについてそこを出て行った。
一方、その頃、アーク、圭悟、玲樹、ランツ、メクル、そして舞は、朝から歩いて、セイン河街道を横切り、河に出て船に乗り、途中下船してサンベアンテ郊外にあるという、前のメイン・ストーリーを完結させたらしいパーティの者達の住んでいる屋敷へと到着していた。月が昇り始めた頃、見えて来た屋敷を指して舞が言った。
「あ、あれかしら?やっと着いたのね!」
しかし、ランツが眉を寄せた。
「灯りが付いておらぬ。どうも留守のようだぞ。」
確かに、もう日が暮れて暗くなっているにも関わらず、その屋敷は真っ暗だった。メクルが言った。
「出掛けておるはずはないがな。ここの使用人に聞いたところによると、外出はせず、皆買い出しは使用人がしておるのだと言っていた。急にどこかへ用でも出来たのか。」
圭悟は、言った。
「向こうの世界から来たと言っていたな。ならば、あちらへ帰った可能性もある。とにかく、いつも突然に戻されるので、オレ達だって混乱するんだ。すっかりこっちで安定して生活していても、突然に向こうへ戻されて。」
しかし、ランツもメクルもまだ怪訝な顔をしている。何か違和感を感じるらしい。それは、アークも同じようだった。傍まで行ったとき、その違和感の正体が分かった。
「…門が開けっ放しだぞ。」
アークが言う。メクルは、眉を寄せたまま言った。
「有り得ぬ。セキュリティは強固であったと申したであろう。」と、中を見た。「あ!見よ!」
門を入って少し行った場所にある屋敷の入り口近くに、誰かが倒れている。皆は急いで駆け寄った。
「…だめだ。とっくに死んでいる。」
圭悟が言う。メクルは、それを見て言った。
「これは、使用人よ。」と、半開きになっている屋敷の中を伺った。「中へ参ろう。まだ誰か生きておるやもしれぬ。」
玲樹が、それに続きながら言った。
「どういうことなんだ、襲撃を受けたのか?」
それには、アークが答えた。
「恐らくな。金目の物がなくなっていない。」と、居間にある金時計を指した。「物取りの仕業ではない。」
舞が、杖を出して家の中を照らした。メクルが言った。
「一緒に行動しては率が悪い。我らは一階を。」と、ランツと圭悟に頷き掛けた。「主らは二階を探せ。二手に分かれよう。」
メクルは、鞄から何か出したかと思うと、それを大きくした。それは、懐中電灯のようだった。リーマサンデには、やはり懐中電灯も普通にあるのだ。
アークが言った。
「じゃあ、オレ達は二階へ。レイキ、だから足が絡まるゆえそんなにくっついて歩くなと言うに。」
バーク遺跡で地下牢へ降りて行った時のことを言っているのだ。玲樹は震えた。
「いや、すまない。何しろ、オレは生きてる人間以外は駄目なんだよ。」
舞は、呆れて言った。
「気持ちは分かるけど、そんなにびくびくしてたらこっちまでびっくりしちゃうから、前を歩いて。私、一番後ろでいいから。」
玲樹は、舞を見て頷いた。
「すまないな、舞。」
舞は、苦笑した。玲樹は、戦っている時は頼りになるけど、ほんとにこういうのが駄目なのね。
三人は、緊張気味に二階へと足を進めて行った。