アークの出自
ヴァンリーでは、ランツが旅の支度をしていた。アーク達と共に、現状を詳しく調べるためだ。グラディエーターのような履き物の紐をきつく結んだランツは、アークを見た。
「隣の部族のブールの長、メクルがまた同じように探らせていると聞いている。あやつはオレとは違う情報を持っておるやもしれぬ。なので、先にブールへ寄ろうぞ。先にマーリをやってある。」
アークは頷いた。
「すまぬな、ランツ。突然に来て、いろいろと。」
ランツは首を振った。
「元は我らの地のことよ。主らは既に命の気を戻す事で我らを助けておるではないか。そのような気遣いは不要ぞ。」
ラーイが、そこへ入って来た。手に、何やら袋を持っている。それをアークに渡すと、ラーイは言った。
「迷うたが、これを渡しておこう。アーク、これはまだローガが存命の頃、我に託したもの。本当は死ぬまでここに置いておこうと思っておったが、我もいつまでかわからぬしの。死したら全ては闇に葬られると思うと、黙っておれんかった。」
アークは、その巾着を開けた。中には、緑色の宝石が真ん中に付いている、ペンダントが入っていた。
「これは?」
ラーイは、言った。
「そなたの母の物ぞ。」
アークは、明らかにショックを受けた顔をした。母…母と申したか?!父が決して語らなかった、父が死してもはや誰も知らぬと思うておった、母と?
「あなたは、母を知っておるのか。」
アークが、やっとの事で口を開くと、ラーイは頷いた。
「知っておる。しかし、名は告げられぬ。そなたの母は、それは美しい女だった。しかし、誰も触れる事は許されぬ女。立場があったからの。しかし…ローガと愛し合ってしもうての。子は主だけではない。主には他に、姉が二人居る。」
アークは、衝撃を隠せなかった。オレに、姉妹が居たと。
「この石は、母の瞳の色と同じ。つまりは今の主の瞳の色ぞ。姉達も、同じ瞳の色だった。」ラーイは遠い目をして言った。「主の母は、主が生まれた時このペンダントと主をローガに託し、永遠に父の元を去った。もう会う事は出来ないと言い、その言葉通り、いつも会っていた場所に、二度と現れる事は無かったのだと聞いた。これは、ローガが万が一にもそなたが出自を知らねばならぬようになった時、渡して欲しいと言われたのだ。しかし、母との約束で自分の生きている間は決して知らせるなと言われておったらしい。だが、先程も申したように我もそう長くはないかもしれぬ。今、渡そうぞ。」
アークは、震える手でそれを握りしめながら言った。
「母は、まだ存命とおっしゃるか。」
ラーイは頷いた。
「生きている。だが、探さぬことぞ。アーク、父と母には事情があったのだ。わかってやるがよい。」
アークは、震える手の中で光るそのペンダントを食い入るように見つめた。緑の瞳…父が、いつも自分の目をじっと見つめて何かを思い出しているようだったのは、そのせいだったのだ。死するその瞬間も、自分を傍に呼んで同じようにこの瞳を見つめていた。父は、自分の瞳に母を見ていたのだ。
アークはそれをまた巾着の中に丁寧に収めると、自分のカバンに仕舞った。まだ生きているなら、きっと探し出してみせる。母に会わねば。
「ラーイ殿、確かに受け取り申した。感謝致しまする。」
ラーイは、肩の荷が下りたように何度も頷いた。それを見て、ランツは言った。
「では、出掛けようぞ。他の仲間達も待っておろう。隣りの部族まで歩いて半日かかる。今からなら日も暮れよう。早い方が良い。」
アークは頷いて、ランツと共にそこを出て行った。
アークはブールまでの間、何かをじっと考えながら黙って歩いていた。圭悟達が怪訝な顔をしたが、ランツがそっとしておけ、そのうちに主らにも話すであろうと言って、何も言わないので圭悟達も聞かなかった。そうしているうちに日もとっぷりと暮れ、カンデ高原をかなり歩いた頃に、湖が見えて来た。
「キーク湖の北だ。」ランツが言った。「出迎えの者達があそこで待っておる。」
ランツが指す先を見ると、そこには何人かの、同じ民族衣装のような物を着た者達が立っていた。現実社会で習った、弥生時代の服装のようだと圭悟は思った。そのうちの一人、そこに居る誰よりも明らかに体格が良く、装飾品も多く身に付けている男が進み出て来た。
「時間通りであるな、ランツ。」
ランツは軽く会釈した。
「急なことですまぬな、メクル。こちらがアーク、いつか話したあちらの地の部族の長よ。そして、その仲間だ。端からレイキ、ケイゴ、マイ、アディア。」と、メクルを見た。「知らせた通りぞ。話しを聞きたい。」
メクルは頷いた。
「我らの知っていることは話そう。こちらへ。」
メクルは、先に立って歩き出した。
皆は、それについてキーク湖近くの森の中へと歩いて行った。
そこには、やはりヴァンリーと同じような村があった。一番奥にある長の家まで連れて来られた一行は、言われるままに中へと入り、並んで座った。メクルは、ダンキスよりは小さいが、体の大きないかにも戦闘民族らしい感じの長だった。
「だいたいはランツが知らせて来たゆえ、知っておる。」メクルが言った。「命の気の流れを元へ戻してくれたらしいの。我らは、あれをかなりの量受けておったゆえ、本当に助かったのだ。礼を申す。」
ランツは、頷いた。
「ここは我らの村より山に近い分、量は多かったようだな。」と、アークを見た。「ここでも、イーデン・コーポレーションから例の機械を買って、それで凌いでおったのだ。」
アークは、メクルを見た。
「ライディータでは、全く正反対の事が起きておった。我らは元より、命の気が豊富な場所で生きて来ていた。なので、それを失うと、生活がままならぬようになってな。魔物が飢えをしのぐため、人を襲うようになった…人の命の気まで取ろうとしておったのだ。治療や何もかもを魔法で賄っていたゆえ、リーマサンデから気の必要の無い生活用品が輸入されても、皆生きて行くのが困難であってな。あちらも混乱しておったのだ。」
メクルは、アークを見つめた。
「どうしてそんなことになったのかと思うての。他の部族もその原因を探るため、軒並み間者を首都へ送り込んでおったわ。そんな中、我らは知った…あれが、自然に起こったものではなく、人為的になされたものだという事をの。それもデシアではなく、バルクでな。」
それを聞いて圭悟は驚いた。メクルは、リーマサンデだけではなく、ライアディータまで調べていたのか。メクルは、圭悟の表情を見て言った。
「どうしてもデシアでは分からなんだのでな。ではあちらはどうなっておるのかと、軽い気持ちであったのよ。すると、バルクの酒場で、いとも簡単に、隠すでもなくそれを話してくれた…あれは、気を両国に均等に行き渡らせるようにと、あるパーティが旅をして行なったものだと。」
玲樹が、言った。
「では、あなたが自分で行ったのか?」
メクルは頷いた。
「人に任せるのは性に合わん。なので、行って来た。昔からリーマサンデの住人は、あちらでは長く滞在出来ぬものだと言われておる…命の気が濃すぎるからだ。もって数か月よの。覚悟して行ったものの、数日でその事実に行き当たってしもうたわ。なのでもう少し聞いてみようかと思うて、そのパーティに武勇伝を聞かせてもらいたいもの、と言うてみたのよ。」と、メクルはニッと笑った。「思うた通り、居場所を教えてくれたわ。しかも、そやつらはリーマサンデに住んでおると申すではないか…元はライアディータの住人であるにも関わらずの。急いでこちらへ戻って参って、そやつらが住むというサン・ベアンテ郊外の屋敷を訪ねた。」
圭悟は、息を飲んだ。あの時、あの機械を運んで欲しいと頼んで来たのは、そのパーティの男達だった。シオメルで見たのが最後…どうしているのかと、そう言えばふと思ったこともあった。
「そこに、居たのですか?」
圭悟が訊くのに、メクルは頷いた。
「居た。大層に大きな屋敷に、たった四人で住んでおったの。生活には全く困ってないようだったが、何かに怯えているようでもあった。我らは、ただの心酔者のようなふりをして、かなりの演技をしたぞ。何しろ、余計なことをした面倒な奴と心の底では思うておるのだからの。並大抵の努力ではなかったわ。」
メクルは、盛大に笑った。とても豪快な性格なのだと圭悟は思った。
「話しは、聞けましたか?」
「おお、あちらの都合の悪い所以外、全ての。」メクルはバカにしたようにフンと鼻を鳴らした。「何でもあやつらは全て、別の世界から来ておる奴らで、賞金稼ぎのようなことをして生計を立てておったが、それも面倒になって来た頃、ある依頼が来た。それは、全ての経費は持つので、この世界の為に、今はライアディータにしか流されていない命の気を、全ての者に与えるようにして欲しいとのことだった。そして、いかにそれが不平等なことなのか、奴らを諭したのだと…ライアディータでは簡単に術で治してしまえる病気や怪我も、リーマサンデでは魔法が使えないので命を落とす者が居る。皆は命の気を細々としか摂れず、苦しんでいるとな。何のことはない、言いくるめられただけよ。我らはそれで、何の不自由もしておらなんだ。いくら魔法でも、死する者の病や怪我まで治すことは出来まい。それは知っておったが、黙ってそやつらの美談を聞いておったよ。これで皆が平等に幸せになる、自分達はやり遂げたのだ、とな。しかし、本心からそう思ってはいないのは、そやつらの目を見て分かった。常に、何かに怯えておった…それが何かは分からぬ。だが、間違いなく何かに怯えていた。自分達のしたことが、間違っていたと思うておる証ではないかとオレは思うた。」
ランツが言った。
「間違っていたから、そやつらはライアディータではなく、リーマサンデに住んでおったと?」
メクルは首を振った。
「いいや。そうではない。あやつらがリーマサンデに居ったのは、やつらに依頼した奴らがリーマサンデの奴らだったからよ。」メクルは、苦々しげに言った。「イーデン・コーポレーション。それが奴らの依頼者だ。」
圭悟を含む、皆が息を飲んだ。やはり、イーデンなのか。
「命の気を使う製品を開発するために、こんな大層なことをしでかしたのだと?」
圭悟が問うと、メクルは首を振った。
「分からぬ。それにしてもあまりに金を掛け過ぎておろう。たかが新製品のために、世界を変えてまでやるか?それならば、命の気がまだ多い山岳地帯に研究所でも作ったほうが、まだ建設的ぞ。もっと違う何か…絶対に何かある。あやつらは、我らが屋敷を去る時、またすぐに強い警備を敷いておった。自分達が何に手を貸したのかを知り、そしてそれに怯えておるのだとしたら、オレには納得が行くかと思うた。」
圭悟と玲樹は、アークと顔を見合わせた。サン・ベアンテ郊外の、屋敷…。
「そこへ、行ってみるか。」アークが言った。「いったい、何をそやつらが知ったのか。それを知らねばならぬ。シュレー達が内部から調べ始めるのだ。我らは外から調べて行かねば。」
「案内しようぞ。」メクルが言った。「今からでも良いが、主らは疲れておるだろう。何があっても良いように、体調は整えて行かねばならぬ。女はここに置いて行ったほうがいい。」
アークは、舞とアディアを見た。
「アディア…ここに置いてもらえ。その方が助かる率が高い。マイは、我らにもしもの時は気を補充してもらわねばならぬ。なので、いくら危険でもついて行ってもらわねばならぬのだ。」
アディアは、頷いた。
「私は足手まといになるわ。ここに残る。」
舞は、アークに同じように頷いた。
「行くわ。私はじっと待ってなんていられないから。」
そうして、次の日の日の出と共に出発することに決め、その日はブールで一泊した。