イーデン・コーポレーション
シュレーとマーキス、キールは、賞金稼ぎの気ままさを演じ続けた。傭兵だったシュレーが能力が高いのは当然だったが、マーキスとキールの目覚ましい上達には、シュレーも驚いた。今まで、人の体で戦うことはおろか、生きたこともなかったのに、これほどまでにその体を使いこなしているなんて。
戻って来た宿屋で、シュレーは言った。
「お前達はすごいな。オレは、この体の形はお手の物だが、お前達は違うだろう。」
マーキスはシュレーを見た。
「別に。我らの体があれほどに大きいことを思うたら、この体は扱いやすい方よ。細かいことをするにも、敵の動きを追うにも、小さい利点というものがある。翼がない分、腕の動きが自由だ。それに、魔法に至っては我らの真骨頂であるから。そもそも、魔法以外で戦うことが出来ぬ造りであろう?後は噛みつくなり、尾で叩くなり、そんなことしかない。しかし、動きが制限されておるゆえ、細かく動く人相手など面倒での。人型とは、便利なものよ。」
キールが頷いた。
「むしろ、普段はこっちの型で居たいと思うの。我らは飼われておるから、人とコミュニケーションを取らねばならぬだろう?あの型では、どうも不便での。同じ種族の間なら、確かに元の型で良いのだがな。」
シュレーは、チュマの頭をなでながら言った。
「魔物魔物と、バカにしてはならないな。やはり人より優秀なものも居る。」
マーキスは笑った。
「我らの種族が優秀なだけだ。種族の中でも、愚かなヤツは居るしの。魔物全体を見たら、言葉の通じるものは確かに少ないのだ。単純な思考の繰り返しの奴らの方が多い。なので、全ての魔物を同じように見てはならぬぞ。」
シュレーは頷いて立ち上がった。
「さあ、行こうか。ホテルイーデンに移らなきゃならないからな。タダなのは有り難いが。」
マーキスは、頷いた。
「滅多なことを部屋で口にしてはならぬのだったな。」
シュレーは真面目な顔で頷いた。
「そう。盗聴器といって、中の物音を離れた所で聴く装置があるんだが、それが仕掛けられている可能性がある。だからオレのことも、これからはシンと呼んでくれ。」と、チュマを見た。「チュマ、出来るな?お前は賢いから。」
チュマは頷いた。
「うん。マーキスのこともずっとパパって呼んでるし。もう、本当にパパみたいな気がして来たぐらい。」
マーキスは、笑いながらチュマを抱き上げた。
「おお、オレも段々にそのような気がして参った。さあチビ、行こうぞ。話すことに制限があるだけで、あとは良い待遇であるようだ。」
チュマは笑いながら、マーキスに運ばれて行き、話した。
「うん。あのね、託児所って場所はね、とっても面白かったの!たくさん小さな人が居て、みんなと遊んだんだ~。それに、女のひと達はみんな親切で、ボクにいっぱい話し掛けてくれたよ。」
歩きながら、マーキスは相槌を打った。
「ほう?そのように良い所なのか。」
歩いて行くマーキスに、キールとシュレーもついて歩いた。チュマが、さらに言う。
「うん!みんなパパのこと聞いてたよ。だから、パパはずっと旅をして戦ってるんだって答えたの。」
マーキスは少し眉を寄せた。
「オレの?またどうしてオレのことなど。」
チュマは言う。
「パパのこと、すっごくカッコいいって。ボク、そうでしょう~って嬉しくなった。ママは?って聞かれたから、ママは病気で旅について来れないけど、居るよって答えた。」
マーキスは難しい顔をした。
「そうか。つまりはオレは、マイのことを聞かれたら病気で故郷に居ると答えたらいいのだな。子は育てられないので、連れておると。」と、チュマを見た。「チビ、あまり余計なことを言うでないぞ?覚えるのに一苦労よ。」
チュマは、子供なりの神妙な表情で頷いた。
「うん、わかった。」
そして、その小さな宿屋を後にして、三人と一人はホテルイーデンへと移って行った。
早速に訪ねて来たレンに促されて、ホテルのロビーで座った一同は、お茶を飲みながら向かい合っていた。レンが言った。
「これからのことなんだが、早速明日から社の方へ来て欲しい。お前達と同じように、傭兵上がりのパーティを臨時で雇ってるんだが、そいつらを紹介しよう。ライアディータから来てるんだが…知っているか?ラキというヤツがリーダーなんだが。」
シュレーが、眉を寄せた。
「聞いたことはある。何でもあっちの王立軍の将校だったと聞いたぞ?最近、裏切ったとか何だとか、酒場で噂になっていたな。」
レンは素知らぬふりで流した。
「そうか?裏切ったって?あいつはもう数年ここに居るがな。何かの間違いじゃないのか?」
シュレーは、わざと首を傾げた。
「まあ、オレ達は地方の困ってる地域ばっかり回っていたからな。仕事が多いし、金になる。首都のほうのことは、良く知らないよ。ラキのことも、噂で聞く程度だ。興味もないしな。」
レンは頷いた。
「まあ、明日会うだろうから、そこで顔を合わせればいいさ。今は実質、ラキのパーティの三人で本部を守ってるような状態で…ベイクの方で問題が起こって、社長命令でそっちへほとんどの兵を持って行かれてしまってる。戻して欲しいと頼んだが、それもまったく聞いてくれなくてな。今はどうやら本部の守りより、そっちの逃げた奴らを捕えるほうが先らしい。」
「逃げた奴ら?」
シュレーが、わざと言った。レンは、ハッとしたように口を閉ざした。しかし、しばらく気まずい空気が流れた後、レンは声を落として言った。
「そう、逃げた奴らだ。オレ達は、王城のセキュリティーも任されていてな。侵入して来た奴らを、捕えるのも役目の一つだ。最新機器で全ての通信を傍受し、不審者を洗い出す。処断するのは陛下で、我らは関与しないが、どうも非人道的なことが行われておったようで…仲間が助けに来た。もちろん、我らはそれを捕えようとした。しかし逃げられてしまってな。社長はそれを社の信用に関わると思ったのか、他を考えもせずに追っている。既に山の洞窟で数人の警備兵達が消息を絶った。脇目も振らずに後を追って行った、優秀な奴らばかりだったのに。」レンは、ため息を付いた。「少々の情報が漏れたところで、びくともしないとオレ達は思っているが、社長にしたらそうではないんだろうな。しかしそれで、本部の守りが疎かになるのはどうかと思う。」
シュレーは、さも同意したように頷いた。
「その通りだ。本部ががら空きだったら、他の奴らにも機密は盗られてしまうかもしれない。本末転倒だな。で、捕まりそうなのか?」
レンは気を許したのか、ため息を付いて首を振った。
「いいや。まるで掻き消えたように消息は掴めない。何でも仲間が合流したかもしれないと聞いた。一時は鉄道を使うと見ていたようで、ベイク駅で張っていたが、結局来なかった。」
シュレーは大袈裟にため息をついて見せた。
「結構時間が経ったんじゃないのか。だったらもう国外へ逃亡したか、この国の奥深くへ逃げて潜んでしまったか、どちらかだろう。そんな無駄なことをするより、ここを守ることを考えるべきだ。」
レンはシュレーに向かって身を乗り出した。
「そう思うだろう?だが、社長はライアディータへどうしても行かせたくないらしい。ヘリも兵もあっちへ取られてしまって、本部では困惑しきりだよ。いつになったら戻してくれることやら。」
シュレーは、それを聞いて、レンや軍の者達には、詳細が知らされていないのだと知った。おそらく、社長と、もしかしてラキ辺りは知っているのかもしれない。自分達の会社が、一体何を開発していて、何をそんなに隠したがっているのか、軍は何も知らないのだ。
つまり、詳細を知るには、どうしても社長のデュー・イーデンに会わねばならない。シュレーはそう思って表情を引き締めた。
「社長は、ベイクか?」
マーキスが、不意に言った。シュレーは驚いた…まるで、自分の心の中を読んだようだ。レンは首を振った。
「いいや、本部に居る。社長は基本、部屋から出て来ない。オレ達でも、最近はお顔を見ることがなくなった。昔は現場を見回るのが好きな明るい気さくなかただったが、ここ数年は人が変わったように険しい顔をなさるようになって…経営は上向きであるし、王城と同じ建物に社屋を構えるほどの会社に成長したのに。やはり、会社も大きくなると気苦労が多くなるんだろうな。」
篭り切りか…なら、自然に顔を合わせることは不可能だ。こちらから出掛けて行って、侵入でもしない限り。
シュレーは、肩を竦めた。
「ま、オレ達は臨時で雇われただけだ。社長がどんな人でもいいがな。ただ、スポンサーの屋台骨が揺らぐのは困る。出来る限りのことはさせてもらうよ。」
レンは、頷いた。
「では、明日な。お前達をどう使うかは、ラキに任せるつもりだ。」
シュレーは頷きながら、思っていた。ラキとは、長い付き合いだった。例え姿が人型になっていても、太刀筋や癖を見て、オレだと気付くのではないか…。