入社テスト
その数時間前、マーリを送った後、シュレーとマーキス、それにキールは、チュマを連れて王城の前に立った。王城は、城といった感じではなく、大きな高いビルだった。他の建物も近代的ではあったが、この王城に比べたら低く、劣るように見えた。その一階にある大きなガラスの入り口に立った三人と一人は、晴れやかな顔のバーンズに迎えられた。
「ああ、シン!来てくれなかったらどうしようかと思った。とにかく、オレがスカウトした他の奴らはろくなもんじゃなくて…このままじゃ何をやってるんだと減給されるところだったんだ。他のスカウトが連れて来た奴らも居るが、オレに言わせたらお前達が一番だと感じるね。」
それを聞いて、マーキスは中に居る何人かの明らかにテストに来ただろう男達に目をやった。気が見えるマーキスには、その者達の強さの度合いが手に取るように分かった。そして、バーンズに言った。
「…もしあやつらがテストの相手だと言うのなら、やるまでも無いのではないか。見ただけで分かるではないか。」
バーンズは、驚いたようにマーキスを見た。一応、見た目は筋肉も隆々としていて、見るからに屈強そうな男ばかりだったからだ。マーキスも体格は良かったが、そこまで筋肉の塊でもない。バーンズは、ためらいがちに笑った。
「ま、まあ、それだけの自信があったら大丈夫か。子供は、託児所へ連れて行くか?」
マーキスは頷いて、チュマを見た。
「チビ、子供ばかりの部屋へ連れて行かれるが、そこで待っておれ。なに、主が遊んでおる間に終わるだろう。」
チュマは、青い目でマーキスを見上げていたが、頷いた。受付の女性が出て来て、チュマに手を差し出した。
「さあボク、行きましょう。ほんとにかわいらしいこと。お父さんに目の色がそっくりね。」
チュマは、その女性と手を繋ぎながら言った。
「パパはね、とっても強いの。」
その女性は、思わず微笑んだ。チュマは、本当にかわいい人型なのだ。
「まあ、そうなの。きっと、お父さんは勝つわね。」
チュマは笑った。その顔は、また可愛らしかった。
「うん!」
そうして、わらわらと出て来た女性たちに囲まれて、チュマは託児所の方へ連れて行かれた。それを見送りながら、あいつはかわいがられるな…とシュレーは思っていた。
受付で手続きを終えて、三人は同じ一階にある、まるで闘技場のような広さの部屋へと通された。すると、バーンズではない男が進み出て来て、言った。
「オレは警備の責任者のレンだ。ここは、訓練場だ。この中でテストにパスした者は、これからここを自由に使って体を鍛えてもらっていい。我が社では、王立軍とは別に、軍隊を編成している…それほどに、重要な機密を扱っている会社だということだ。完全に能力別に給料が決まる。能力の高いものは一日に支払われる額も多いし、それからまだ増える可能性もあるが、低いものは下がって行く可能性がある。要は、役立たずは要らぬということだ。」
こちらの列に立っていた、一人の男が叫んだ。
「役立たずとはなんだ!来てくれと言うから、仕方なく来てやったのによ!」
レンは、ちらとその男を見たと思うと、言った。
「…つまりは、お前のような男はということだ。」と、背後に並ぶ、バーンズ他何人かの男達に言った。「誰だ、あんなのを連れて来たのは。」
「やかましい!」
その男は、激昂してレンに殴り掛かった。レンは、焦る様子もなくそれをすっと横へ避けると、手刀を一発だけ、相手に入れた。途端に、へなへなとその場に崩れ落ちる。レンは、フッと息を付いた。
「酷いな。」と、他のものたちを見た。「とにかく、こんな風に役立たずな奴にはすぐに出て行ってもらう。金はあるが、無駄なものに使うつもりはない。わかったな。」
皆は、コクコクと頷いた。シュレーとマーキスとキールは、黙ってそれを見ていた。何て面倒なんだ…早く終わらせたい。
組み合わせを読み上げられ、シュレーは三番目、キールは八番目、マーキスは一番最後の組だった。ここはリーマサンデで、魔法技は使えない。命の気が少なく、魔法を使えるほど豊富ではないからだ。チュマが居ればいくらでも可能だが、そんな特殊な事を見せるつもりはなかった。なので、剣の技だけで戦うつもりだった。
平凡な立ち合いを見ながら、レンはため息を付いた。こんな奴らしか、居ないのか。
目の前のタブレットでチェックしながら、二組目まで終えて、次を呼んだ。
「次、シン、ダーツ。」
シュレーは、前に出た。剣は、万が一ラキに見られた時にと考えて、いつもとは違う物を持っていた。相手は、シュレーよりガッツリとした体格の男で、ガチガチに緊張していた。シュレーは呆気にとられた…これは、早く終わらせてやらないと、相手がつらいな。
「始め!」
ダーツという男は、のっけから声を上げて、脇目もふらずに突進して来た。シュレーはため息を付いた。隙だらけだ。
シュレーは、スッと横へ身を振ってそれを避け、剣の柄で首筋を打った。途端に、相手はバタンとその場に倒れた。…もう終わりか。
シュレーは、相手が起き上がって来るかと待っていたが、いつまでもそこに伸びたままなので、仕方なく退場して行った。慌てて出て来た警備兵達が、その男を引きずり出して行く。確かに酷い…。シュレーは思っていた。こんな奴までテストしなければならないほど、ここは警備の人員に困っているのか。
そうして、キールも、前に立っただけで相手がびびって立ち合いどころではなく、ついに最後のマーキスまで順番が回って来た。マーキスも、また同じかと立ち上がった。
「面倒な。このようなことをせねばならぬとは。」
マーキスは、槍を手にそこに立った。相手は少し額に汗をにじませながらも、剣を構えてマーキスの前に立つ。構えているだけでも、よく立っているとマーキスは感心した。何しろ、自分の気は尋常なく強い。ある程度戦いを経験したものなら、見えなくてもそれを感じて動けなくなるだろうからだ。
「始め!」
声が飛んだ。相手は剣を手にこちらを睨んでいる。マーキスは、落ち着いて相手の動きを待った。
相手は、斬りかかって来た。余裕なく激しい一太刀が何度も振り下ろされるが、マーキスはそれを難なく避けた。そして、最後の太刀を受けると、言った。
「終わりにしようぞ?いくら向かって来ても無駄よ。」
相手は、マーキスから離れて言った。
「黙れ!これでもそんな顔をしていられるか!」
相手は、手を上げた。そこから、間違いなく炎の魔法が飛んで来る。マーキスは驚いた…どういうことだ?気…そういえば、ここには他のリーマサンデの土地より気が濃い気がする…。
そう思った時、相手から大きな炎の魔法が飛んで来た。火炎砲だということが、マーキスには分かった。剣を持って居ない方の手を上げて、それをアークから教わった風の魔法で一瞬にして吹き消したマーキスは、相手を睨んだ。
「そのようなもの、効かぬわ!」
マーキスは、そのままその手を軽く振った。
「火炎砲!」
相手よりも間違いなく大きな炎が立ち上り、一気に相手を襲った。相手は、逃れる術もなくその場に頭を抱えてうずくまった。
「うわあああ!」
回りで見ていた他の受験者も、それに審査員さえあまりの炎の勢いに目を反らした。しかし、その炎は突然にフッと消えた。
何事かと皆が視線を戻す中、マーキスが言った。
「ふん。殺す気などないわ。敵わぬと分かっておるのに、無謀なことをするなという戒めよ。」
相手は、ガクガクと震えながらその場に座ったままだった。それを、また警備兵が引きずって行くのを見て、マーキスはフッと息を付くと、場外へ出た。隣りのシュレーが言った。
「酷いもんだ。ま、企業に来るような輩なら、あんな感じか。」
マーキスはため息を付いた。
「少しは骨があるかと思うたがの。オレの相手はまだましな方だったと思うぞ?何にしろ、あまり長居したくはない場所よの。」
皆をじっと見ていたレンだが、立ち上がって言った。
「どうも能力差が激しいようだ。あまりにもレベルが低い者と、高すぎる者が同じ場に立っている訳だからな。」と、マーキスとシュレー、キールを指した。「お前達、前へ出ろ。」
マーキスは、シュレーをちらと見た。シュレーは頷いた。なのでキールもマーキスも立ち上がり、また立ち合いの場へと立った。
「お前達はなんだ?それほどの力がありながら、どうしてここで働こうと思った。」
シュレーが答えた。
「別に。そこのバーンズが、頼み込むから来た。日払いでもいいと言うし、飽きるまでここで働いてやってもいいかと思っただけだ。オレ達は賞金稼ぎだし、本来気ままな方がいい。いつまでもデシアに居るつもりもないしな。狭い場所にずっと閉じ込められるなんてまっぴらなんだよ。気に入らないなら、このまま帰してくれ。」
レンは、じっと三人を見た。
「…金が目的ではないと?」
シュレーは、わざとうんざりしたような顔をした。
「結局は金だが、別にここでなくてもオレ達は十分に稼げるんだ。要は、おもしろい変わった仕事が欲しいのさ。ここなら何かあるかもしれないと思ったからこんな馬鹿らしいテストにも出てやった。オレ達はライアディータ出身だが」と、腕を上げた。「腕輪がないだろう。繋がれるのは嫌いなんだ。鬱陶しく口出しするなら、他を当たってくれ。」
シュレーは、マーキス達を振り返った。
「行くか。なんか面倒そうだぞ。」
マーキスは頷いた。
「案外に退屈であったわ。この国の最高機関と聞いたし、いくらか期待はしたのだがな。子の面倒も見てくれると言うし、いいかと思ったのに。」
三人は踵を返した。レンは言った。
「今は、とにかくここを守る兵が要る。」シュレーが振り返ったので、レンは先を続けた。「本来なら、お前達のような輩はしっかり教育してから現場へ出す。会社への忠誠心とかな。だが、その余裕がない。きっちりこちらの言った仕事をこなしてくれるのなら、日払いで破格の報酬を出そう。お前達なら、恐らく三人で簡単にここを守ってしまうだろう。」と、横を見た。「他の奴らは帰せ。」
途端に、そこに居た警備兵達が一斉に動いた。他に20人は居た受験者たちを、まるで羊を追う牧羊犬のように追い立てて訓練場から追い出して行く。レンは、それを見送ってから剣を手にした。
「魔法は使えるな?ライアディータから来たなら好都合だ。ここには、命の気を集める装置が設置されている。なので、この王城の周辺はライアディータと同じように魔法が使えるのだ。」と、手を上げた。「そっちの奴の魔法は見た。お前、シンといったか?お前から見せてもらおう。」
レンから、激しい氷の魔法が繰り出された。シュレーの得意とするのは氷の魔法だったが、どこでラキが見ているかわからない。なので、あえて次に得意な風の魔法で応戦した。これならば、ある程度は使いこなせる。
そうして、シュレー、キール共にレンと軽く立ち合い、イーデン・コーポレーションに正式ではなく、臨時として雇われることになった。