デシアにて
シュレー、マーキス、キール、チュマは、デシアへと到着した。ここには、気を読める者など居ない。いわば現実社会で言えば、気を読めるのは超能力者扱いなのだ。なので、マーキスやキールの尋常でないほど大きな気も、チュマの人にあるまじき気も、シュレーの姿は変わっても元の気と全く変わらないのも、誰にも知られることはなく、つまりは怪しまれることもなく、宿屋に泊ることが出来た。一階の酒場で夕飯を取りながら休んでいると、一人のガッツリした体型の男が近付いて来た。
「よお。ちょっといいかな?」
シュレーは、相手をちらと見た。そして、その顔に見覚えがあった…しかし興味がないように言った。
「なんだ?金にならない話ならよしてくれないか。」
相手は、遠慮なく傍の椅子に座った。
「やっぱり賞金稼ぎか?それとも、山向こうの国のパーティとかいうやつか?どっちにしろ、腕っぷしが強そうじゃないか。」
シュレーは、手を振った。
「しょうもない仕事は受けない。どんな仕事だ?」
相手は、頷いた。
「あの、大きな建物を知っているだろう。知らないはずはない、あんな高い建物はどこにもないからな。」
シュレーは、鼻を鳴らした。
「あれは王城だろ?まさか王の仕事とかいうんじゃないだろうな。」
相手は手を振った。
「違う。王は上の階を使っていらっしゃるんだ。下には、我がイーデン・コーポレーションが入っている。そこの、警備兵が足らなくなっていてな。急遽集めて来いとの命令なんだが、何しろ全くなってない奴ばかりなんだ…テストがあるが、受けてみる気はないか?」
シュレーは、わざと顔をしかめた。
「なんだ。大きな会社に雇われるつもりはないな。給料制ってやつだろう?オレ達はまとまった報酬を一度の仕事でもらって来たんだ。こき使われて、後からまとめて支払われるなんざ、性に合わないんだよ。」
男は食い下がった。
「日払い週払いも選べる。破格だぞ。レベルが高けりゃ、一日の給料は一人10000金。そこそこでも、一日2000金はもらえる。ただ棒立ちしてたら雇ってはもらえないのが、うちの厳しいところだがな。」
シュレーは、マーキス達と目を合わせた。男は、期待に満ちた目で皆を代わる代わる見ている。マーキスは言った。
「そのテストとやら、子供を連れて参って良いのか。何しろ親がオレしか居らぬし、この土地でその辺に放り出して置く訳にもいかぬし。」
男は、気の毒そうにマーキスを見た。
「一人親で子育ては大変だな。うちは働く女性も多い。託児所があるから気にすることはない。」
シュレーは、ため息を付いた。
「わかった。お前の熱意に負けたよ。じゃ、明日あの建物に行けばいい訳だな?」
男は、笑顔で手を差し出した。
「バーンズだ。」とシュレーと握手してから、紙を出した。「ここに、名前を書いてくれ。予約しておくから、順番にテストを受けてもらう。明日は20人ぐらい居るから、対戦方式になるかもしれないな。」
シュレーは、その紙に、順番に名前を書いた。マーキス、キール、そして、自分の名はシンにした。アークの弟の名前だ。マーキスがそれを見て片眉を上げたが、黙っていた。シュレーは言った。
「バーンズ、オレはシンだ。あっちの子連れがマーキスで、その弟のキール。かなりの手練れだぞ?明日の受験者は災難だな。」
バーンズは笑った。
「全くだな、シン。楽しみにしてるよ。」
バーンズは、去って行った。出て行くのを見てから、マーキスが言った。
「この町に入ってから、やけに見ておるヤツが居ると思っておったが、そういうことか。警備の者が足りぬと。」
シュレーは、頷いて声を潜めた。
「ま、どちらにしてもオレ達が賞金稼ぎと思われたのはラッキーだった。ああして向こうから来てくれたら、手間も省けるからな。」と、立ち上がった。「寝る前に、噴水広場の箱の中にうちのマーリが混じってないか見て来るよ。まさかこんなに早く何か知らせて来ることもないだろうが、万が一のこともある。先に部屋へ帰って居てくれ。」
マーキスとキールは頷いて立ち上がった。
「気を付けて参れ。」
マーキスはそう言うと、チュマを抱き上げて階段を上がって行った。
シュレーは、噴水広場へと向かって行った。
シュレーは、暗くなった噴水広場にある鳥小屋を見た。この土地は、まだ古い部族もあって、腕輪などは使わずマーリを使ってやり取りするものも多いので、こうしてここに来るように設置されているのだ。シュレーは、自分のマーリを呼ぶための小さな筒状の笛を吹いた。
すると、予想に反して一羽のマーリが飛んで来た。驚いたシュレーは、まじまじとマーリを見た。
「お前、ほんとにうちのマーリか?」と、足に付いているカプセルに触れた。シュレーを認識したカプセルは、その足からコロリと落ちた。「ほんとにうちのマーリか。」
シュレーは、ここで読むのはと、それを持って急いで宿屋に戻った。
マーキスが、チュマを寝かせたベッドから振り返った。
「…来ていたのか。」シュレーの手にあるマーリを見て言った。「なんと?」
「まだ読んでいない。」
シュレーは、カプセルを開けて中から小さな紙を引っ張り出した。そして、それを見て眉を寄せた。
「なんだ?なんと書いてある?」
シュレーは、顔を上げた。
「リシマのことは定かではないが、命の気の流れを変えさせたのは、デュー・イーデン。イーデン・コーポレーションの社長だそうだ。命の気を使う装置を開発していたらしい。警備兵を増員しているのは、ベイクに送って本部が手薄だからだそうだ。危険だから、近寄るのはやめろと。」
マーキスは、体を起こした。
「しかしそれでは詳しい事は分かるまい。リシマの事も分からぬまま。どのみち我らは調べに参らねばならぬ。」
キールが、横から言った。
「危険ははなからわかっておったことであろう。今はそやつの企みを暴いて、止めさせねばならぬ。」
マーキスも頷いた。
「リシマのことが手付かずになるではないか。明日はあちらから言うて来た絶好の機ぞ。参るべきだ。」
シュレーは考えていたが、頷いた。
「オレも同感だ。いずれ入らねばならぬなら、今が一番いい。向こうには、事の次第を送って、心配しないように伝えるよ。」
シュレーは、その紙を洗面所で燃やすと、小さな紙に返事を書いた。そしてカプセルに戻し、頷いた。
「明日の朝、マーリを放す。それから王城へ行こう。」
二人は頷いて、ベッドに横になった。明日…。明日から、本当の企みを調べなければ。
伝書鳩ならぬ伝書マーリが頑張ってヴァンリーに着いたのは、もう昼もかなり過ぎた頃だった。手紙を読んだ圭悟が言った。
「…だから、オレ達が対策を考えるまで待てって言ったのに!」
アークが、それを聞いて横からその手紙を読んだ。そして、言った。
「確かに…向こうからスカウトして来たのだったら、こんな機は無い。逆にこれを断ってから、また入社したいなどと言ったら、疑われるだろう。」
圭悟は、アークを見て言った。
「でも…!今すぐ何の策もなく潜入するなんて…!」
玲樹が、見兼ねて言った。
「圭悟、皆わかってるんだ。でも、仕方がない。もうこの時間なんだ、シュレー達はもうテストを受けちまってるさ。とにかく、オレ達はこっちで何か出来ないか考えよう。」
ランツが、皆に歩み寄って来て言った。
「我らも手を貸す。何をしようとしておるにしろ、我らを巻き込まぬという保証はない。現に、命の気の件では、いいように利用されておった訳であるしの。何を考えておるのか分からぬ…リシマのことにしても、そのような術を使って拷問するとは、おかしいであろう。あの王は、愚かではなかった。それに、定期的に会合をもって我らとの交流も欠かさなんだ。それが、今はついぞ出て来ぬ。こんなおかしいことはないのだ。もしかしたら、デューのヤツが何かしておるのやも知れぬからの。」
圭悟は、渋々ながら頷いた。もう、誰も危険な場所に送りたくはなかったのに。離れて居ては、手助けすることも出来ない…。
圭悟は、どうすることも出来ない歯痒さに、焦りを感じていた。