プロローグ
ここは洋室、およそ30帖。
中世風家具完備。三食付き。
難点、窓が一切ございません。
そして---
「うし。出来た」
作業の末やっとさ仕上がった完成品を片手に、少女は会心の笑みをこぼした。
肩までの黒髪、潤んだつぶらな瞳が儚げな、幼い外見からは想像もつかないほどの凶悪な笑みだ。
「これであの変態を成敗できる.......日本人の器用さナメるなよ馬鹿野郎めが!」
威勢は良いが品の悪い啖呵と共に、それを眼前に掲げる。
灯りといえばそばで灯るろうそくの光位しかない。そのわずかな灯りが照らし出したもの。
なんのことはない、それは結び目がやたらと目立つ、細長いお手製ロープだった。
少女はおもむろに立ち上がり、そのロープを片手に部屋の重厚な扉まで移動する。
苦労の末、片方を扉の縁の装飾部の出っ張りにくくりつけ、もう片方も同様にして、床上10センチくらいの所にピンと張った状態でセットした。
「ふっふっふっ……このトラップであの変態妖怪の足元をすくい、奴が転げた隙に携帯を奪回。横転させた体の上でジャンプ。さらに状況に応じて、気絶しているようなら、顔に落書きだ……」
完全に危ない人になりながら、少女は喜々として計画をたてている。
と、ふいに、扉の向こうから聞こえてくる音を察して体を強張らせた。
「来た……!」
瞬時に身を翻し、さっと部屋の隅に駆け込む。暗がりに身を寄せ、息を止めた。と、同時に。
ドアが開いた。
目を閉じる。一秒、二秒、三秒。
期待していた横転の音はない。
勝利の予感にとって変わって、絶望の予感がじわじわとつま先から這い上がって来ているのを感じつつ、少女はそっと顔を上げた。
「おうわあああああっ!」
およそ少女という年代にはふさわしくない叫び声。
それも無理はない。
顔を上げた少女の目の前、全くの至近距離に、男の顔があった。
長身を今はかがめて少女を覗き込むその男。
素晴らしく整った顔立ちをしている。
暗がりの中でも淡く光る銀色の髪に、深い紫色の瞳。
高い鼻梁は丹念に彫られた彫刻のよう。
そして今は皮肉な笑みを刻む唇。
それがゆっくりと開き……
「我が生贄どのは全く面白い趣向を凝らすものよ」
と、囁いた。
ビクリ、と少女の肩がはね、ついで勝気そうな目が男の顔を捉える。
「あたしはイケニエなんかじゃないっての!イケニエうんぬんの口約束は、ひいひいばあさちゃんの代で昇華されたの!いいかげんあたしに下れ、このスットコドッコイ!」
「その威勢、可愛らしや。生贄どのの分際で、ましてや我に護りもすら奪われて、未だなお楯突くか」
「その護りのないイケニエ相手にいつまでも手を下せない妖はどこのどいつよ!」
勢いよく叫びざま、男の額をぐいと押しやり立ち上がる少女を、男は微笑みを浮かべて見つめている。
「とにかく、あたしを家に返しなさい!護り--携帯もかえして。残念ながら、あんたがあたしを捉えた所で、あたしに指一本触れることもできないのよ」
男の正面に立ちはだかり、自分の頭いくつ分も高い男を見上げる。
威勢良く見えるその実、少女の声は震えていた。
男の紫色の目が機嫌のいい猫の様に細くなる。
「まーったく、可愛らしいことこの上ない。我が身が完全でさえあれば今すぐ、この場で我が身に取り込んでやるものを」
「バカ言わないでよね!だれがあんたなんかに食われるものですか」
「我とひとつになりたくてその身を差し出す者は人外問わずに数多とおる。ぬしは物好きだ。しかし、このような道具まで用意して、我の訪問を待つあたり、いじらしい」
言いながら、男の手が掲げたモノ。
それは先ほどまで少女がドアに用意していたお手製ロープであった。
少女が身じろぎした瞬間にはもう遅い。
ロープは男の手を離れ、それ自体意思を持っているかのようにしなると、蛇のように少女めがけて飛びかかった。
とっさのことに動けない少女は一瞬でロープでぐるぐる巻になってしまう。
「ちょっ!離せバカー!」
ジタバタと身をもがく少女だが、ロープは全く緩まない。
「自らを縛る縄を用意するとは、健気で可愛い奴。生贄の鏡とも言えよう」
「妖の分際で、あたしを捕縛するんじゃないわよ!私に指一本ふれられないくせに!」
「確かに指は触れられないが……」
男がふいに身をかがめた。
少女の頬へ顔を寄せる。
その美麗な口元から赤い舌が覗いたのを、少女は嫌な予感いっぱいで見つめ、そして。
「ギャーーーー!変態、バカ、やめろーっ!」
頬をつたうぬめった感覚に今日一番の絶叫をこだまさせるのであった。
ここは洋室、およそ30畳。
洋風家具完備、三食付き。
そして。
変態妖怪の監禁付き。