突然の出会い
その夜、美咲が「ルージュ・エデン」のステージを終えると、店長が珍しく緊張した面持ちで楽屋に飛び込んできた。
「ミサキ、VIPルームの客が呼んでいる。……」
案内された個室に座っていたのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ、初老の日本人男性だった。デュッセルドルフに拠点を置く、世界的な自動車メーカーの欧州総裁、佐藤。彼は、昼間美咲が働くSPAのVIP顧客でもあった。
「……やはり、君だったか」
佐藤は、テーブルに置かれたクリスタルグラスを揺らしながら言った。美咲は、舞台衣装である露出度の高いレザーのセットアップに身を包んだまま、背筋を伸ばした。SPAでの「セラピスト・美咲」とはあまりにかけ離れた姿だ。
「驚かれましたか、佐藤様。失望されたのであれば、今すぐ立ち去りますが」
「いや」佐藤は短く遮った。「昼間、プールの水中で私の身体を預けていた時、君の手から不思議な『強さ』を感じていた。だが、今ここで君のダンスを見て、ようやく腑に落ちたよ。あのワッツの指圧は、この激しいダンスという土台があってこその『静』だったのだな」
彼は、美咲が踊るステージを、性的な対象としてではなく、一つの「極限のパフォーマンス」として凝視していた。
「君に、折り入って頼みたいことがある」
佐藤が切り出したのは、予想だにしない提案だった。
数ヶ月後、デュッセルドルフで開催される「日独交流記念ガラ・イベント」。各界の要人が集まるその舞台で、伝統芸能やクラシックではない、「今のデュッセルドルフに生きる日本人のエネルギー」を表現するダンスを披露してほしいというのだ。
「私のような、ストリップクラブで踊る女が……そんな公の場に?」
「君は、自分のダンスを蔑んでいるのか? 私は今日、君の動きの中に、ドイツの冷徹な重力と、日本人が持つ繊細な呼吸の融合を見た。それは、ここで戦っている我々駐在員にとっても、地元のドイツ人にとっても、新しい『希望』に見えるはずだ」
楽屋に戻ると、影で話を聞いていたエレーナが、壁に寄りかかって不敵に笑っていた。
「聞いたわよ、ミサキ。お偉いさんからのご指名じゃない。……でも、一人でやるつもり? そのステージ、私のような『ドイツの剛』がいなきゃ、あなたの『日本の柔』はただの湿っぽい踊りになるわよ」
美咲は、エレーナの瞳の中に、かつて自分と同じように「正統なダンス」からこぼれ落ち、それでも踊ることを辞められなかった者の矜持を見た。
「……ふん、高いわよ。私のバックダンサーなんて」
「誰がバックダンサーよ。ダブルキャストに決まってるでしょ」
二人は、鏡越しに不器用な笑みを交わした。
大学を卒業した時に諦めた「ダンスで生きる」という夢が、ドイツのSPAとストリップクラブという、正反対の場所を経て、想像もしなかった巨大な形へと膨らみ始めていた。




