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この店のナンバーワン、エレーナ

デュッセルドルフの夜は、重厚な石造りの街並みをネオンが毒々しく塗り替える。

私が踊るクラブ「ルージュ・エデン」の楽屋は、安っぽい香水と制汗スプレー、そしてダンサーたちの剥き出しの野心が混ざり合った独特の匂いが立ち込めていた。


鏡の前で、私は太ももにラメ入りのオイルを塗り込む。その隣で、真っ赤なルージュを引いているのは、この店のナンバーワン、エレーナだ。ウクライナ出身の彼女は、彫刻のような長い脚と、観客を蛇のように硬直させる冷たい美貌を持っていた。


「ミサキ、今日のワッツ(水中指圧)はどうだった? 昼間は聖女、夜は淫婦。あんたの二重生活、相変わらず滑稽ね」


エレーナは鏡越しに私を射抜く。彼女は私の「昼の顔」を知る数少ない一人だった。かつてバレエの英才教育を受けていた彼女にとって、大学までダンスを専攻し、今はSPAで癒やしを提供している私の経歴は、格好の皮肉の対象だった。


「滑稽で結構よ。水の抵抗を知っているから、ポールの上でも無重力になれるの。あんたの力任せなスピンよりは、エレガントだと思うけど?」


言い返すと、彼女はフッと鼻で笑った。ライバルというよりは、互いの「ダンスへの執着」を認め合わざるを得ない、奇妙な共犯関係。


その夜、フロアの熱気は最高潮に達していた。

エレーナの出番。彼女のポールダンスは、冷徹なまでに正確だった。クラシックバレエで鍛え上げられた爪先のライン、重力を嘲笑うようなスタティックなホールド。客席からはため息が漏れる。


しかし、彼女がポールの頂点で片手倒立を見せた瞬間、わずかに肩が震えたのを私は見逃さなかった。長年の酷使による古傷だろうか。


次に私の番が来た。

私はステージに上がると、あえてエレーナのような「静」の技ではなく、野生を剥き出しにしたトゥワークから入った。重低音のビートに腰を委ね、床を叩く。観客の理性を剥ぎ取り、本能を煽る。そして、ポールに飛びついた瞬間、昼のSPAで培った「流体」の感覚を呼び覚ました。


水の中にいるように、関節を柔らかく使い、ポールの周りを「泳ぐ」。

エレーナが「力」で支配した空間を、私は「ゆらぎ」で侵食していく。


ステージを終え、汗だくで楽屋に戻ると、エレーナが氷嚢で肩を冷やしていた。

「……今日のスピン、水の抵抗を感じたわよ。癪だけど」


彼女は目を閉じたまま、ぽつりと言った。私は無言で彼女の隣に座り、バッグからワッツの施術で使うマッサージオイルを取り出した。


「エレーナ、肩、貸して。ダンスのプロとしてはあんたに負けるけど、身体を整えるプロとしては私のほうが上よ」


彼女は一瞬拒絶するような素振りを見せたが、私の手がその強張った筋肉に触れると、深いため息とともに力を抜いた。


「バカね……私たちは、どこまで行っても踊ることでしか生きていけないのね」

「そうよ。大学で学んだ高尚な芸術も、ここで振るお尻も、私にとっては全部『ダンス』。それ以外に、自分を証明する方法なんて知らないもの」


鏡の中、二人のダンサーの視線が重なった。

一人は完璧な美を求め、一人は泥臭く生きるための武器としてダンスを選んだ。

デュッセルドルフの深い夜。私たちは傷だらけの足を休め、次のステージで誰よりも高く舞うために、静かに呼吸を整えていた。

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