「私のダンスで、食べていくのは無理だ」
大学の卒業式、手に持った学位記はひどく重く、そして無機質に感じられた。
幼少期から鏡の前で汗を流し、放課後のチャイムと同時にスタジオへ駆け込む日々。私の22年間はダンスそのものだった。けれど、プロのオーディションに落ち続け、冷徹な現実が目の前に突きつけられた。
「私のダンスで、食べていくのは無理だ」
技術はある。努力もした。けれど、何万人ものライバルを蹴落とし、劇場の主役として生計を立てる「選ばれし者」の切符は、私の手には届かなかった。絶望の淵で、私は自分の居場所を必死に探した。そして見つけたのが、日本から遠く離れたドイツの地だった。
デュッセルドルフの「静」:ワッツ指圧のゆらぎ
現在の私は、ドイツのデュッセルドルフにいる。ヨーロッパ最大の日本人コミュニティを持つこの街で、私は二つの顔を持って生きている。
昼、私は市街地から少し離れた高級SPAの温水プールにいる。担当するのは「ワッツ(Watsu/水中指圧)」のクラスだ。
「身体の力を抜いて、私に預けてください」
日本語でそう告げ、クライアントの体を水面に浮かせる。ダンスで培った「体幹」と「重心移動」が、ここでは最高の武器になった。相手の呼吸を読み、水の抵抗を感じながら、しなやかにその身体を誘導する。
「ミサキさんのセッションは、まるで水の中で踊っているみたい」
そう言って涙を流す日本人の駐在員夫人もいた。かつて舞台で喝采を浴びることを夢見た私の「表現」は、今、誰かの心を癒やすセラピーへと昇華されていた。
夜の狂演:ポールとトゥワークの咆哮
しかし、夜の帳が下りると、私の身体は別の熱を帯びる。
デュッセルドルフのネオンが滲む一角。重い扉を開けると、そこは私がプロとして立つ「舞台」——ストリップクラブだ。
かつての私が知っていた「コンテンポラリー」や「ジャズ」の常識は、ここでは通用しない。
高いヒールを鳴らし、真鍮のポールに飛びつく。垂直の棒を軸に、重力を無視して逆さまに回転する。全身の筋肉を極限までコントロールし、指先まで神経を尖らせる。その緊張感は、大学時代のどのコンクールよりも激しい。
そして、ヒップホップで鍛えた腰の動きを爆発させるトゥワーク。
「媚びる」ためではなく、自分の生命力を誇示するように激しく、力強く。観客の野次馬根性を、圧倒的な身体能力で「畏怖」に変えていく。そこにあるのは、純粋なダンスの力だ。
境界線の上で踊る
昼のSPAで見せる「静」のワッツ。夜のクラブで見せる「動」のダンス。
一見、相反する二つの生活。けれど私の中では、それらは一本の線で繋がっている。
大学を卒業したあの時、私はダンスを諦めたつもりだった。けれど現実は違った。私は、ダンスを使って「生き延びる道」を自ら切り拓いたのだ。
ドイツの冷たい夜風を浴びながら、寮への道を歩く。
稼いだユーロを握りしめ、私は思う。
生計を立てることは、夢を捨てることじゃない。自分のダンスを、誰にも文句を言わせない形で社会に適合させる「知恵」の問題だったのだと。
「あぁ、今日もいい踊りができた」
暗がりの鏡に映る自分の瞳は、大学の卒業式の日よりも、ずっと鋭く、美しく輝いていた。




