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【超短編小説】厭な桜

掲載日:2025/12/19

 いまや広い展望デッキの照明は落とされ、僅かな星灯りだけが頼りだった。

 漆黒と言うにはあまりも奥が深く、虚無と言うにはあまりにも巨大な闇に数え切れない程の星が輝いている。

 この船はどこを目指して飛んでいるのか、それすらも忘れてしまった。恐らく地球にだっておれたちを覚えている人間なんていないだろう。


 広いデッキの中央で、ニッポンから持ち込んだ桜の木が散り始めていた。

 少なくともこの船は春と言うことになる。

 春?

 そいつは冬が終わってヨロコビに満ち溢れる予定の季節だが、おれにとっては冬の続きでしかない。

 ついにおれが最後の乗組員になってしまった。

 舞い散る花びらの中で、遺体を収納する為のカプセルから、冷気がガス状になって溢れ出てきているのをぼんやりと眺めていた。

「これでカプセルは全て埋まってしまったな」

 完全なる独り言。


 おれをカプセルに入れる人間がいないのだから仕方ない。

 きっとどこか椅子の上や寝台、または廊下や食堂とかキッチンで斃れるのだろう。

 または狂ったままこの宇宙を飛び続けるか?

 その前に目的の星──今となってはそんな所に辿り着けたとしても意味は無いだろうが──に着陸するか?



 おれを発見した存在は何を思うのか。



 それ以上に、この樹木の根本にある複数のカプセルと横たわる死体を見て何を思うのだろうか。

 地球では、人間の他にも類人猿や象が遺体に花を手向けるケースがあると言うのを見聞きしたことがある。

 果たして地球以外の存在でもそういった感覚はあるのだろうか。

 まして、桜の根本に死体を埋めると言う文化はどこまで通用するのか。



 地球から遠く離れた宇宙空間を飛び続ける船に咲いた桜。

 この桜は何度咲いただろうか。

 この桜が次に咲くまでに地球では何度、桜が花を開くのだろうか。

 ここが春だとして、地球はいまどの季節を迎えているのだろうか。


 暗い宇宙の中で咲く、桜。

 厭なことを思い出した。

 いつか見た、公園にある池の畔に植えられた桜だ。

 桜が開花した数日後からしばらく雨だと言うので、雨に打たれて散る前に観に行った桜の木。

 満開とは言えないが十分に咲いた桜は、真っ黒い鏡の様な池の表面に落ちるように垂れ込んでいた。

 まるで薄紅色の黴が発生したかの様に細い枝に咲いた桜の花は、水面にも同じ姿を晒していた。

 そしてその姿は、実に厭な、生命の円環を感じさせるに十分な光と闇だった。

 おれはどこにも行けないし、どこにも戻れないのだとはっきり自覚した。



 存分に理解した。

 おれはあの夜に見た厭な桜を、いま目の前に見ているような錯覚を覚えた。

 おれはあの時と同じ様にどこにも行けないし、戻る場所も無い。

 真っ暗い空間の中で黴の様に開いた花弁を眺めている。

 あの時に見た桜の木はまだ咲いているのだろうか。

 いまも黒い鏡の様な池に落ちるように咲いて、散るのだろうか。


 厭な桜だ。

 おれはどこにも行けないと言うのに。

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