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第8話 総力戦(フルデッキ)

 決戦の地、ヴァルハラ平原。

 地平線の両端から、二つの軍勢が静かに向き合っていた。

 片や、ザルダ帝国軍。寸分の乱れもなく整列した、まるで黒い鉄の塊のような、無機質で冷たい軍勢。その頂点には、揺るぎない自信をたたえた黒の軍師、ゼノが君臨している。


 片や、ローデリア王国軍。その隊列は、一見すると少しバラバラに見えた。だが、そこには絶望の色はない。兵士たちは互いに声を掛け合い、うなずき合い、まるで一つの生き物のように、決戦の時を待っていた。その中心、小高い丘の上に作られた指揮所で、アキラは仲間たちと共に、静かに盤面を見つめていた。


「…来るぞ」


 ヒトミがつぶやく。その声に応えるかのように、ザルダ軍から進軍を告げる角笛が鳴り響いた。


「全軍、戦闘準備! これがオレたちの、オレたちみんなの、総力戦フルデッキだ!」


 アキラの声が、ヒトミの魔法で増幅され、戦場にいる全ての兵士の耳に届く。その声に、王国軍の兵士たちは「応!」という鬨の声で応えた。


 ゼノは、丘の上からその様子を見て、小さく鼻で笑った。

(愚かな。数と練度で劣るお前たちが、精神論で勝てるものか)

 彼は、最も合理的で、最も効率的な一手を打った。両翼を大きく広げ、ローデリア軍を包み込んで一気に殲滅する、完璧な包囲殲滅陣だ。


 ザルダ軍の騎馬隊が、津波のように押し寄せる。

 だが、ローデリア軍の動きは、ゼノの予測を完全に裏切った。


「なんだ、あの動きは…!?」


 ゼノが驚愕の声を上げる。

 ローデリア軍は、中央からの指示を待たず、翼の部隊がまるで独立した生き物のように動き始めたのだ。青のディフェンダーチームが瞬時に盾の壁を作り、騎馬隊の勢いを殺す。その壁の隙間から、赤のアタッカーチームが飛び出し、敵の側面に鋭い一撃を加える。後方からは、緑のサポートチームによる矢の雨が、的確に敵の指揮官だけを狙い射っていた。


(統率が取れていない…? いや、違う! 統率が取れすぎているんだ! 末端の兵士一人ひとりにまで!)


 ゼノの盤面では、ローデリア軍はアキラという一つの駒だった。だが、目の前にいるのは、何百という思考する駒の集合体。彼の計算を、現場の兵士たちが次々と上書きしていく。


「レオンさん! 右翼が手薄だ、援護を頼む!」

「分かっている! 行くぞ、お前たち! コンボC、『騎士の突撃』を発動する!」


 レオン率いる騎士隊が、見事な連携で右翼の危機を救う。


「アキラ! 左翼の森に敵の伏兵がいるぞ! タカシのチームを向かわせろ!」

「任せとけ! オレら赤チームの見せ場だぜ! うおおお!」


 タカシの部隊が、森の中で敵の奇襲部隊を逆に奇襲し、粉砕する。

 戦場の至る所で、兵士たちが自ら考え、連携し、小さな勝利を積み重ねていく。アキラは、指揮所でその全てを見ながら、的確な情報を全軍に共有し、全体の流れをコントロールしていた。彼はもはや、駒を動かすプレイヤーではない。デッキ全体に力を与える、フィールドそのものだった。


「なぜだ…なぜ私の読みが通じない…!」


 ゼノの額に、初めて焦りの汗が浮かぶ。彼の美しい数式は、信頼という名の、あまりにも人間的な変数によって、めちゃめちゃに破壊されていた。

 追い詰められたゼノは、最後にして最大の一手を打つ。彼が率いる最強の駒、漆黒の鎧をまとった近衛騎士団を、ローデリア軍の指揮所――アキラの首、ただ一点に向けて突撃させたのだ。


「心臓を潰せば、体は止まる!」


 それは、前の戦いで彼がアキラを破った時と、全く同じ思考だった。

 近衛騎士団の突撃を見て、ヒトミが叫ぶ。

「アキラ! 防御陣形を! あなたを守らないと!」


 だが、アキラは首を横に振った。そして、全軍に向かって、最大の信頼を込めて叫んだ。


「みんな、そのまま戦え! オレのことは、オレの仲間を信じてる!」


 その言葉の意味を、ゼノは理解できなかった。

 だが、ローデリアの兵士たちは理解した。

 ゼノの近衛騎士団がアキラの喉元に迫った、その時。指揮所の周りにいた、レオンをはじめとする十数のチームが、一斉に、寸分の狂いもなく動いた。彼らは敵に背を向け、アキラを守るように、幾重にも重なる盾の壁――『リアルデッキシステム』における、最強の防御コンボ『王城キャッスル』を完成させたのだ。


「なっ…!?」


 ゼノの近衛騎士団は、その鉄壁の守りの前に、為す術もなく動きを止めた。そして、その一瞬の隙が、ゼノにとっての『詰み』だった。背後から、側面から、勝利を掴んだ王国軍の兵士たちが、津波となってゼノの本陣に襲いかかった。


 勝敗は、決した。


 崩れ落ちた本陣の中で、アキラは、武器を失い立ち尽くすゼノと対峙した。


「お前の負けだ、ゼノ」

「…なぜだ。私の計算は、完璧だったはずだ…」

「あんたは、戦争を数字のゲームだと思ってた。でも、一番大事なことを数え忘れてたんだ。仲間の心ってやつをな」


 アキラの言葉に、ゼノは力なく笑った。そして、不気味な光を放つ黒い石を握りしめる。


「…見事だ、少年。だが、覚えておけ。この世界でお前のような存在を求めているのは、ローデリアだけではない。そして、私を駒として使う『プレイヤー』は――私よりも、遥かに冷酷だぞ…」


 その言葉を最後に、ゼノの体は黒い光に包まれ、跡形もなく消え去った。


 しん、と静まり返った戦場に、やがて、一人の兵士が上げた「うおおお!」という勝利の雄叫びが響き渡った。それは、瞬く間に戦場全体に広がり、地を揺るがすほどの大歓声となった。

 兵士たちは、身分も役割も関係なく、互いの肩を叩き、抱き合い、共に勝ち取った勝利を分かち合っていた。


 丘の上で、アキラはその光景を静かに見ていた。

 もう、自分は一人じゃない。

 隣には、最高の相棒タカシがいる。

 後ろには、最強の賢者ヒトミがいる。

 目の前には、最高の仲間たちがいる。


 戦争は終わった。だが、ゼノの残した言葉が、新たな戦いの始まりを告げていた。

 アキラは、ヴァルハラ平原に吹く新しい風を感じながら、仲間たちと共に、未来へと続く空を、まっすぐに見据えていた。


 ーーーーー

 次回、勝利で戦いを終えた主人公たち。祝宴をあげるも、新たな敵の出現か?!

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