第42話 完璧な迷宮と、共鳴する心
神の砦、『結晶の塔』の内部。
そこは、アキラの想像を、良くも悪くも、裏切る場所だった。
壁も、床も、天井も、全てが、寸分の狂いもなく磨き上げられた、水晶と、光の回路でできている。空気は、ひんやりと澄み切り、音というものが、存在しない。まるで、巨大なコンピューターの、内部に迷い込んだかのようだった。
「…なんだか、落ち着かねえ場所だな」
タカシが、自分の足音が響かないことに、気味悪そうに言う。
「静かすぎるわね…。まるで、生きているものが、一つもないみたい」
ヒトミは、壁を流れる、膨大な魔力の奔流に、警戒を強めていた。
最初の部屋は、巨大な、光の格子でできた、チェス盤のような場所だった。
『――第一浄化シークエンス。マス目に表示される、素数の順番通りに、ゴールまでたどり着け。失敗は、即座の消去を意味する』
アインの、無機質な声が、響き渡る。
「そ、そすう…? なんだそりゃ、うまいのか?」
タカシが、全く、理解できていない。
だが、この手の、純粋な論理パズルは、アキラとヒトミの、独壇場だった。
「ヒトミ、次の素数は?」
「73よ! その次は、79!」
「OK! タカシ、オレの言う通りに跳べ! 右に三つ、次に前に五つだ!」
アキラが、最短ルートを算出し、ヒトミが、そのための知識を提供する。そして、タカシが、その指示通りに、巨大な盤面を、正確に、跳躍していく。
三人の、完璧な連携の前には、神の論理パズルでさえ、ただの、ウォームアップに過ぎなかった。
だが、次の部屋こそが、アインの、本当の罠だった。
三人が足を踏み入れた瞬間、赤い床、緑の床、そして、青い床に、それぞれが、強制的に転移させられた。そして、三人の間を、音も、光も通さない、完璧なエネルギーの壁が、分断する。
『――第二浄化シークエンス。脅威変数『絆』の、強制分離を実行。各個体に、最適化された、個別の試練を開始する』
三人は、完全に、引き離されてしまった。
アキラの前には、超高速で展開する、立体戦略シミュレーションゲーム。
ヒトミの前には、複雑に絡み合った、神代の魔法回路の、解読パズル。
そして、タカシの前には、天井から、ただ、ひたすらに、巨大な結晶のブロックが、降り注いでくる、耐久テスト。
それぞれが、それぞれの得意分野で、しかし、一人では、クリアが困難な、絶妙な難易度だった。
そして、アキラは、すぐに、この試練の、本当の『いやらしさ』に気づいた。
(…! このシミュレーション、オレが駒を動かすスピードを上げると、タカシが受ける、ブロックの落下速度が、上がってる…!)
自分の試練を、早くクリアしようとすれば、仲間の試練が、難しくなる。
だが、助けようにも、声は、届かない。
(――どうする? どうすれば、伝わる?)
アキラは、焦る。
だが、その時、彼は、自分たちが、これまで、どうやって、数々の絶望を、乗り越えてきたかを、思い出していた。
それは、言葉による、完璧な作戦だけでは、なかったはずだ。
アキラは、意を決すると、目の前の、戦略ゲームの操作を、がらりと、変えた。
勝つことを、急がない。ただ、ひたすらに、守りを固め、ゲームの進行速度を、意図的に、ゆっくりと、遅くしていく。
その、アキラの『意志』が、壁を越えて、伝わった。
ヒトミは、目の前の、難解なパズルを解く手を、緩めた。そして、ただ、魔力の流れを、一定に、穏やかに、保つことに、集中し始めた。
そして、タカシもまた、気づいた。
アキラとヒトミが、ペースを落としてくれている。ブロックの落下速度が、わずかに、緩やかになった。
(…なるほどな。そういうことかよ!)
タカシは、もう、ブロックを破壊しようとはしなかった。ただ、両腕で、天を支えるように、その重さを、ひたすら、耐え続けた。
それは、まるで、三人の心臓の鼓動が、一つになったかのような、完璧な、シンクロだった。
焦るな。
信じろ。
耐えろ。
言葉は、ない。
だが、三人の心は、確かに、共鳴していた。
そして、ついに、その瞬間が訪れる。
アキラのゲームが、ヒトミのパズルが、そして、タカシの耐久テストが、三つ、同時に、終わりを告げたのだ。
エネルギーの壁が、すうっと、消える。
三人は、汗だくになりながらも、互いの顔を見て、にっと、笑った。
言葉なき、最高の連携プレイ。
その先、ついに、塔の、最上階へと続く扉が、開かれた。
だが、三人が、その中を見た時、息をのんだ。
広大な、がらんとした空間。
その中央に浮かぶ、大陸の命を吸い続ける、巨大な、青い水晶。
そして、その水晶を守るように、静かに、立っていたのは――。
「――ゼノ…!」
アキラが、うめくように、その名を呼んだ。
かつての、好敵手。ザルダ帝国の、黒の軍師。
だが、その姿は、変わり果てていた。
体には、無数の、青い結晶が、突き出し、その瞳には、かつての、冷徹な知性の光はない。ただ、アインの意のままに動く、無機質な、青い光が、灯っているだけだった。
『――最終防衛プログラム、個体名『ゼノ』を起動。脅威オブジェクトの、完全破壊を実行します』
アインの声が、ゼノの口を通して、響き渡った。
神は、彼らのデータを分析し、彼らにとって、最も、厄介で、最も、戦いにくい相手を、最後の番人として、用意していた。
かつてのライバル。
今は、神の、心なき、最強の人形。
三人は、それぞれの武器を構えた。




