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第4話 軍政改革と貴族の反発

 ゴブリンの包囲網を打ち破った一件は、瞬く間にローデリア王国の兵士たちの間に広まった。異世界から来たという謎の少年、アキラ。彼への評価は、「得体の知れない子供」から「何かを持っているかもしれないヤツ」へと、かすかに変わりつつあった。


 その変化の風を、アキラは見逃さなかった。

 数日後、王国軍の訓練場には、多くの兵士たちが集められていた。皆、何が始まるのかと戸惑いの表情を浮かべている。その視線の先、一段高い場所に、アキラは立っていた。彼の隣には、誇らしげな顔のタカシがいる。


 少し離れた場所では、剣士長レオンが腕を組んで、厳しい顔でその様子を見守っていた。彼の内心は複雑だった。あの森での出来事は、彼の戦士としての常識を根底から揺るがした。子供の「遊び」のような戦術が、自分の命と部下たちを救ったのだ。その事実を、彼は認めざるを得なかった。だからこそ、アキラの「次の手を見てみたい」という申し出を、許可したのだ。


「よーし、みんな集まったな!」


 アキラは、手作りの巨大なカードを数枚、兵士たちの前に突き付けた。赤、青、緑に塗られた厚紙には、それぞれ剣、盾、杖の絵が描いてある。


「今日からお前らには、オレの戦い方を覚えてもらう! 難しくないから安心しろ!」


 兵士たちがざわめく中、アキラは赤いカードを高く掲げた。


「まずこれ! 赤は『アタッカー』だ! 役目はとにかく敵を攻撃すること! 前線でガンガン暴れる、一番カッコいい役だ! 例えば――タカシ、お前みたいにな!」

「おう!」


 アキラに指名され、タカシは嬉しそうに胸を張る。その単純で分かりやすい説明に、兵士たちの中から、少しだけ笑いが起きた。


「次にこれ! 青は『ディフェンダー』! 役目は仲間を守る盾になること! どんな攻撃も食い止める、チームで一番頼りになる存在だ!」

「そして緑が『サポート』! 魔法や弓で後ろから仲間を助けたり、ケガを治したりする! こいつらがいないと、アタッカーもディフェンダーも戦えない、超重要な役なんだ!」


 赤、青、緑。

 アタック、ディフェンス、サポート。

 それは、アキラがカードゲームで慣れ親しんだ、最も基本的な役割分担だった。


「自分の得意なことはなんだ? 自分の役割はどれだ? それを考えて動くんだ! そうすれば、軍隊はもっともっと強くなる!」


 最初は「何を言っているんだ?」という顔で見ていた兵士たちだったが、アキラの熱のこもった説明を聞くうちに、その表情が変わっていった。


「俺は、剣で斬り込むのが好きだから…赤か?」

「俺は、仲間をかばうのは得意だ。じゃあ青だな」

「赤のヤツが突っ込んで、青の俺たちが守って、緑のあいつらが援護する…それって、もしかして…」


 兵士たちが、自主的に考え始めた。自分たちの役割を、仲間との連携を、ゲームのように楽しみながら理解し始めたのだ。


 訓練場の隅にある木陰で、ヒトミはその光景を静かに見ていた。彼女の隣には、複雑な表情のレオンが立っている。


「…馬鹿げているわ。でも…」

「ああ」とレオンが応える。「驚くほど、理にかなっている。兵士一人ひとりに、戦場での明確な『役割意識』を与えている。なぜ今まで、誰もこの方法に気づかなかったんだ…」

「プライドが邪魔をしていたからよ。偉い人たちのね」


 ヒトミが冷たく言い放った、まさにその時だった。


「――そこまでだ! この愚行はやめさせろ!」


 怒りに満ちた声が響き渡り、訓練場の入り口から、豪華な服を着飾った数人の貴族たちがズカズカと入ってきた。先頭に立つのは、ひときわ恰幅のいい、口ひげをたくわえた男、グラド男爵だ。彼はアキラを蛇蝎のごとく睨みつけ、レオンに向かって怒鳴った。


「レオン剣士長! 貴様、正気か! 我らローデリアの騎士たちが、何百年とかけて築き上げてきた伝統ある兵法を、こんな子供の遊びで汚すとは!」

「グラド男爵…。ですが、この戦術は有効です」

「黙れ! 結果が出れば何をしてもいいというものではない! 品格というものがあるのだ!」


 グラド男爵は、今度はアキラに敵意の矢を向ける。


「どこの馬の骨とも知れない小僧が! 神聖なる軍を、お前の玩具にするな!」


 貴族たちの威圧的な態度に、兵士たちは怯え、動きを止めてしまう。

 だが、アキラは一歩も引かなかった。彼はグラド男爵をまっすぐに見返すと、はっきりと言い放った。


「玩具なんかじゃない! これは、みんなで勝つための作戦だ!」

「なんだと?」

「あんたたちが言う、難しくて誰も覚えられない兵法より、みんなが楽しく覚えて、強くなれる戦い方のほうが、ずっといいに決まってる!」


 アキラの言葉に、貴族たちは顔を真っ赤にして激高する。一触即発の空気が、訓練場を支配した。

 その時、アキラと貴族たちの間に、レオンが静かに割って入った。彼はグラド男爵に深く頭を下げ、しかし、揺るぎない声で言った。


「男爵様のおっしゃることは、ごもっとも。ですが、私は先日、この『子供の遊び』に命を救われました。伝統も品格も、兵士が生き残ってこそ意味をなします」


 レオンの言葉は重かった。それは、現場の最高指揮官として、そして一人の戦士としての、偽らざる本心だった。

 ぐっ、とグラド男爵は言葉に詰まる。彼はレオンを睨みつけると、最後にアキラに向かって、吐き捨てるように言った。


「…覚えていろ、小僧。お前のような存在が、この国の秩序を乱すのだ。いずれ、必ず後悔させてやる…」


 そう言い残し、貴族たちは忌々しげに去っていった。

 嵐は去ったが、アキラははっきりと理解した。この世界での本当の敵は、ザルダ帝国だけではない。自分たちのやり方を認めない、この城の中にいる大人たちもまた、乗り越えなければならない、高い壁なのだと。


 ――――――

 次回、子供の遊びと称された主人公たちの戦略。理解ある大人はいないのか? どうなる彼らの運命は??

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