第27話 亡国の王城と、女王の試練
霧が晴れた道の先にそびえ立つ、巨大な遺跡。
それは、かつてこの島を治めていた王国の、王城の残骸だった。崩れかけた城壁には、びっしりと苔が生え、長い年月の、静かな、しかし、重い悲しみを物語っている。
三人は、固唾をのんで、その王城の内部へと足を踏み入れた。
中は、ひっそりと静まり返り、壁に刻まれたレリーフが、この国の歴史を無言で伝えていた。
「…この壁画…」
ヒトミが、古代文字で書かれた碑文を、指でなぞりながら解読していく。
「この国もまた、かつて『プレイヤー』と戦った、と書かれているわ…。彼らは最後まで抵抗したけれど、神の圧倒的な力の前に敗れ、罰として、魂ごとこの島に封じ込められた…。この霧は、彼らの無念と悲しみが、千年もの間、晴れることなく漂い続けているものなのね」
その言葉に、アキラとタカシは、神妙な顔で黙り込んだ。これは、ただの冒険ではない。自分たちは、何千年にもわたる、長き戦いの、最先端に立っているのだ。
やがて三人は、城の最も奥にある、最も大きな広間――玉座の間にたどり着いた。
天井は崩れ落ち、月明かりが、がらんとした広間を、スポットライトのように照らしている。そして、その中央にある玉座の上に、一本の美しい角笛――『魂を繋ぐ角笛』が、静かな光を放ちながら置かれていた。
「…あった!」
タカシが駆け寄ろうとした、その時だった。
玉座の前、角笛を守るように、すうっと、半透明の、美しい女性の姿が浮かび上がった。青白い光をまとう、気品あふれる、亡霊。
『――お引き取りなさい、生ける者たちよ。ここは、あなた方が足を踏み入れて良い場所ではありません』
その声は、鈴が鳴るように美しいが、その奥には、深い悲しみと、拒絶の響きがあった。
「てめえ! オレたちの邪魔をする気か!」
タカシが、拳を握りしめて身構える。
だが、ヒトミが、その腕をそっと押さえた。
「待って、タカシ。この方からは、邪悪な気配は感じないわ。ただ、とても、悲しんでいる…」
アキラは、一歩前に出ると、『真実の盾』を構えた。
盾の鏡面に映ったのは、美しい女王の亡霊ではなかった。そこに映っていたのは、燃え盛る城の中で、民を、国を、そして未来を失い、たった一人で涙を流し続ける、深い絶望の魂の姿だった。
アキラは、静かに言った。
「オレたちは、この角笛を、奪いに来たんじゃない。神と戦うために、力を借りに来たんだ」
『…神と?』女王の亡霊の、表情が、わずかに動いた。『また、新たな『駒』が、この地に現れたというのですか…』
女王は、自らを、この国最後の女王、ライラと名乗った。
そして、静かに告げた。
『その角笛は、生者と死者の魂を繋ぐ、あまりに危険な神器。扱う者には、千の魂の悲しみに耐えうる、強固な魂の絆が求められます。あなたたちの『絆』、この私に見せてごらんなさい』
次の瞬間、女王がすっと手を上げると、周りの景色がぐにゃりと歪んだ。
三人は、互いの姿を見失い、それぞれ、自分だけの悪夢の中に引きずり込まれていた。
タカシの前には、あのゴライアス三兄弟が、何十人にも増えて立ちはだかっていた。
「うおおお! やってやる!」
だが、殴っても殴っても、敵は倒れない。己の無力さに、タカシの心が折れかける。
ヒトミの前には、解読不能な、古代の魔法陣が無限に広がっていた。
「分からない…こんな魔法、私の知識では…!」
賢者としてのプライドが、絶対的な知の壁の前に、砕け散ろうとしていた。
そして、アキラの前には、ローデリアでの、あの敗北の戦場が、生々しく再現されていた。
『司令官殿、なぜ我々を見捨てたのですか…』
無数の亡霊兵士たちが、アキラに詰め寄ってくる。その罪悪感に、アキラの足は、完全に動かなくなった。
三人が、それぞれの絶望に、飲み込まれようとした、その時。
アキラは、霧の森での、仲間たちの言葉を思い出していた。
(――そうだ! これは、一人で戦うテストじゃない!)
アキラは、目の前の亡霊たちから目をそらすと、ありったけの声で叫んだ。
「タカシ! ヒトミ! 自分の敵と戦うな! オレを信じて、仲間を助けろ!」
その声は、幻影を突き抜け、二人の心に届いた。
ハッと我に返ったタカシは、目の前のゴライアスたちに背を向け、魔法陣の前で苦悶するヒトミの元へと、全力で駆け出した。
「ヒトミ! オレが守る!」
タカシは、ヒトミに襲いかかろうとする、形のない『知の悪意』の前に、仁王立ちになった。
ヒトミもまた、目の前の魔法陣を解くのをやめ、罪悪感に苛まれるアキラに向かって、防御と癒やしの魔法を、全力で放った。
「アキラ! あなたは一人じゃない!」
そして、アキラは、仲間たちの行動を信じ、自分を責める亡霊兵士たちに背を向け、タカシを苦しめる、ゴライアスたちの幻影の、その中心核に向かって、ただ一点、全神経を集中させていた。
(敵の弱点は、そこだ!)
彼らは、自分の試練を放棄し、仲間の試練を助けることを、同時に、そして、完璧にやってのけたのだ。
その瞬間、全ての幻影が、光の粒となって消え去った。
三人は、再び、元の玉座の間に立っていた。
目の前の、女王ライラの亡霊が、その青白い瞳を、驚きに見開いていた。そして、ゆっくりと、千年ぶりの、穏やかな微笑みを、その口元に浮かべた。
『…見事な、絆。…これほどの魂の連携、初めて見ました…』
女王は、すっと、その姿を横にずらし、玉座への道を開けた。
『お持ちなさい、意志を継ぐ者たちよ。その角笛の名は、『共鳴のホルン』。その音色は、サイレントな魂に声を届け、荒れ狂う心の嵐を、鎮めるでしょう』
アキラは、仲間たちと頷き合うと、ゆっくりと、玉座へと歩を進めた。
そして、二つ目の神器、『共鳴のホルン』に、その手を、伸ばした。
神の理不尽なルールに、仲間との絆で挑む。
その戦い方は、千年の時を超えて、亡国の女王の魂にさえ、確かな希望の光を灯したのだった。




