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第25話 呪われた海と、プレイヤーの妨害(ハック)

 カラト・アルナフルの喧騒を後にした三人は、東へと向かう大きな商船に乗り込んでいた。

 闘技会で得た賞金の一部を渡し、厄介なゴロツキたちから逃れる手助けをしてもらった代わりに、三人は『霧の島』の近くまで、船に乗せてもらう約束を取り付けたのだ。


 大海原での船旅は、三人に、束の間の平穏を与えてくれた。


「うおお! 見ろよアキラ! イルカだ! イルカが、船と競争してるぜ!」


 タカシは、生まれて初めて見る海の光景に、子供のようにはしゃいでいた。船乗りたちに混じって、力仕事である甲板磨きや、帆の調整を手伝っては、有り余るパワーでロープを引きちぎりそうになり、屈強な船乗りたちを驚かせている。


「…海の風は、魔力の流れがとても素直ね。ローデリアの森とも、カラトの砂漠とも違う、大いなる循環を感じるわ」


 ヒトミは、船のへりに立ち、静かに目を閉じて、潮風と戯れるように風の魔法を操っていた。彼女にとって、この船旅は、自らの魔力を、さらに深く理解するための、またとない機会となっていた。


 アキラは、そんな二人を見ながら、船長室で海図を広げていた。

『観測者』アイン。その存在を知ってしまった今、のんびりしている暇はなかった。


(次の神器があるのは、『霧の島』。だが、その島にたどり着く前に、敵が何もしてこないはずがない。奴のゲーム盤の上で、オレたちは、もうただの駒じゃない。『バグ』であり、『敵』なんだから)


 アキラは、海図に描かれた航路と、天候、潮流のデータを、ゲームの盤面を読むように、頭の中で組み立てていた。


 そして、船旅が始まって五日目のことだった。

 空は、雲一つない快晴。波も、穏やか。だが、船乗りたちが「魔の海域」と呼ぶ場所に差し掛かった途端、空気が一変した。


「…なんだ?」


 風が、ピタリと止んだ。

 さっきまで陽気に歌っていた船乗りたちの顔から、笑みが消える。

 そして、水平線の彼方に、インクを垂れ流したような、真っ黒な雲の壁が、異常な速さでこちらに迫ってくるのが見えた。


「総員、嵐に備えろ! 全ての帆を畳め!」


 船長の怒声が響き渡る。だが、嵐の到来は、あまりにも早すぎた。

 轟音と共に、巨大な波が船を襲い、風が、まるで悪意を持った獣のように、マストに襲いかかる。


「この嵐…ただの嵐じゃない!」


 ヒトミが、顔を青くして叫んだ。

「風と水に、邪悪で、冷たい魔力が編み込まれているわ! これは、自然現象じゃない! 誰かが、魔法で、この船を沈めようとしているのよ!」


 その言葉に、アキラは確信した。

(――来たか! 『観測者』アイン…! これが、お前の妨害ハックか!)


 船は、木の葉のように揺れ、巨大な波に叩きつけられる。マストが、メキメキと悲鳴を上げた。固定していた積み荷が、ロープをちぎって甲板の上を滑り始める。


「危ない!」


 積み荷の巨大な木箱が、舵を握る船長めがけて滑り出した、その時。

「させっかよおおお!」


 タカシが、その木箱と舵の間に、自らの体を割り込ませた。何トンもある木箱を、ただ、己の肉体だけで、ぐっと受け止める。その腕の血管が、ちぎれんばかりに浮き上がっていた。


「ヒトミ! マストが折れる!」アキラが叫ぶ。

「分かってる!」


 ヒトミは、暴風雨の中に飛び出すと、折れかけたマストに向かって両手をかざした。

「風よ、我が声を聞け! 嵐に抗う、絆の糸となれ!」


 ヒトミの魔力が、風の糸となってマストに絡みつき、しなり、補強していく。邪悪な嵐の魔力と、ヒトミの清浄な魔力が、激しくぶつかり合い、火花を散らした。


「船長!」アキラは、舵を握る船長に叫んだ。「この嵐、ランダムじゃない! 規則性パターンがある! 雷が三回光った後、必ず、巨大な波が、船の左側から来る!」

「なんだと!? そんなこと、分かるもんか!」

「いいから、信じて! 三回目の雷の後、舵を、思いっきり右に切れ! 波の腹に、船の側面をぶつけるんだ!」


 それは、船乗りの常識では、ありえない操舵術だった。だが、船長は、この子供たちの、常識外れの力を、この数日間で目の当たりにしていた。彼は、アキラの言葉に賭けた。


 一回、二回、三回と、空が裂けるように稲妻が光る。

 そして、船長は、アキラの言葉通り、船が転覆するのも構わずに、舵を、思いっきり右に切った。

 その直後、山のような大波が、船の左舷に叩きつけられた。だが、船は、波に乗り上げるような形で、奇跡的にその衝撃を受け流した。


 アキラの読み、タカシの力、ヒトミの魔法。そして、彼らを信じた船乗りたちの経験。

 その全てが、一つのコンボとなって、神が起こした理不尽な嵐に、抵抗していく。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 悪意に満ちた嵐は、まるで、諦めたかのように、すっと、その勢力を弱めていった。


 嵐が去った後、ボロボロになった船の甲板で、三人と船乗りたちは、疲労困憊で座り込んでいた。

 だが、その顔は、確かな達成感に満ちていた。

 船長の男が、アキラたちの前にやって来ると、深く、深く頭を下げた。


「…あんた達、一体何者なんだ。俺の船も、クルーの命も、全部、あんた達に救われた。礼を言うぜ」


 アキラは、そんな船長に、にっと笑いかけた。

 そして、嵐が去った水平線の先を、指差した。


 そこには、周りの海とは明らかに違う、濃厚で、不気気な霧に、その全貌を覆われた、一つの島が、静かに浮かんでいた。


「礼なんていいよ、船長。オレたちは、ただ、あそこに行きたいだけなんだ」


 呪われた海域の、その先に浮かぶ、呪われた島。

 神の妨害を乗り越えた彼らの目に、次なるダンジョン、『霧の島』が、はっきりとその姿を現していた。

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