第22話 決勝戦! 完璧なデッキと、最強のプレイヤー
決勝戦の前夜。
カラト・アルナフルの街は、かつてないほどの興奮に包まれていた。誰もが、明日の歴史的な一戦の話をしている。不敗の王者『ゴライアス三兄弟』か、それとも、奇跡の挑戦者『デッキブレイカーズ』か。
だが、当事者であるアキラたちの宿屋の一室は、意外なほどに静かだった。
アキラは、いつものように羊皮紙を広げてはいなかった。ただ、三枚のカード――それぞれに、自分たちの似顔絵を描いた、手作りのカードをテーブルに並べて、じっと見つめている。
「なあ、アキラ。本当に作戦はねえのか?」タカシが、不安そうに尋ねる。
これまでの戦いとは違い、アキラは、具体的な作戦を何一つ、二人に伝えていなかった。
「ああ」とアキラは頷いた。「決まった作戦はない。…いや、立てられない、が正しいかな」
彼は、ゴライアス三兄弟のカードを指差した。
「あいつらは、強い。タフなだけじゃない。三人が、まるで一人の人間みたいに動く。オレがどんな奇策を立てても、その『三位一体』の思考の前では、すぐに対応されてしまうだろう。だから…」
アキラは、タカシとヒトミの顔を、まっすぐに見た。
「明日は、プランも、コンボも、スイッチもない。あるのは、ただ一つだけだ。お互いを、120%信じること。オレは、お前たちの力を信じる。お前たちは、オレの『読み』を信じろ。それだけだ」
「……」
「それが、オレたち『デッキブレイカーズ』の、最強の戦い方だ」
その言葉に、もはや、不安はなかった。
三人の間には、これまでの死闘を共に乗り越えてきた、言葉以上の、確かな絆が結ばれていた。
そして、決勝戦の火蓋が切られた。
地鳴りのような大歓声の中、闘技場の両端から、両チームが入場する。
ゴライアス三兄弟。その三つの巨体が、全く同じ歩幅で、一糸乱れぬ動きで歩を進めるだけで、凄まจいプレッシャーが、闘技場全体を支配する。
対するデッキブレイカーズ。三人は、ただ静かに、最強の敵を見据えていた。
ゴーン!
決勝戦開始のゴングが、高らかに鳴り響く。
「「「オオオオオオ!」」」
ゴライアス三兄弟が、動いた。三人が、完璧な三角形の陣形を組み、まるで一つの巨大な戦車のように、アキラたちに迫ってくる。
「タカシ! 正面から叩け!」
「おうよ!」
タカシが、自慢の超高速移動『加速』で突っ込む。だが、一人のゴライアスが、完璧なタイミングでその進路を塞ぎ、強烈な一撃を弾き返した。
「ヒトミ! 足止めを!」
「ええ!」
ヒトミが、地面を沼に変える魔法を放つ。だが、別のゴライアスが、沼が発生するよりも早く、その地面を巨大なハンマーで叩き割り、魔法そのものを無効化してしまった。
そして、残る一人が、がら空きになったアキラに襲いかかる。
全ての手が、読まれ、対策されている。
これが、王者の戦い。完璧な、三位一体の連携。
アキラたちは、防戦一方に追い込まれ、少しずつ、しかし、確実にダメージを蓄積させていった。観客席からは、「やはり、ここまでか」「子供たちの夢も、終わりだな」という声が聞こえ始める。
(ダメだ…! オレが、相手を『一つの敵』として見ている限り、この状況は変わらない…!)
battered and bruised, Akira realized his mistake. He was still thinking of them as one opponent.
(違う! 敵は一体じゃない! 三体なんだ!だったら…!) ("Wrong! The enemy isn't one unit! It's three! In that case...!")
アキラは、血を拭うと、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「――作戦変更! 全員、散開しろ! 連携は、もうやめだ!」
「「!?」」
タカシとヒトミが、驚愕の顔でアキラを見る。連携こそが、彼らの生命線だったはずだ。それを、捨てろというのか。
「いいから、行け! 自分の目の前の敵に、集中しろ! あとは、オレがなんとかする!」
それは、もはや作戦とは呼べない、無謀な賭け。
だが、二人は、アキラの目を信じた。
「…分かった!」
「アキラを、信じるわ!」
次の瞬間、三人は、全くバラバラの方向へと駆け出した。
タカシは、正面のゴライアスと、小細工なしの、真っ向からの殴り合いを始めた。
ヒトミは、もう一人のゴライアスを相手に、幻術や風の魔法を駆使した、ヒットアンドアウェイの、撹乱戦法に切り替えた。
そしてアキラは、残る一人のゴライアスの猛攻を、ただひたすら、紙一重で避け続けていた。
初めて、ゴライアス三兄弟の完璧な連携が、崩れた。
三人が、それぞれ、別々の敵と、別々の戦いを始めたからだ。彼らの『三位一体』の思考は、三つの独立した事象を同時に処理することを、想定していなかった。その動きに、ほんのわずかな、迷いが生じる。
アキラは、その千載一遇の好機を、見逃さなかった。
彼は、自分を追いかけるゴライアスの攻撃を避けながら、叫んだ。
「――今だ! 三人同時に、決めるぞ!」
「「おう!/ええ!」」
それは、打ち合わせも、合図もなかったはずの、最後の攻撃。
だが、三人の心は、完全に一つだった。
タカシが、渾身の力を込めた拳を、相手の腹にめり込ませる。
ヒトミが、最後の魔力を振り絞った、最大威力の風の刃を、敵の鎧の隙間に叩き込む。
アキラが、敵の足元に、隠し持っていた煙幕玉を叩きつけ、視界を奪う。
三つの場所で、三つの攻撃が、全く同じ、完璧なタイミングで、炸裂した。
ドッ! と、鈍い音が、三つ、同時に響き渡る。
そして、あれだけ巨大に見えた三人の王者が、ゆっくりと、地面に膝をつき、倒れた。
………シン………。
闘技場は、死んだように静まり返った。
そして、次の瞬間、歴史が揺らぐほどの大歓声が、天を衝いた。
「…やった…のか…?」
「ええ…やったのよ、私たち!」
アキラ、タカシ、ヒトミは、ボロボロになりながらも、闘技場の真ん中で、三人、肩を寄せ合った。
自分たちだけの力で、最強の王者を、打ち破ったのだ。
やがて、カラト・アルナフルの領主が、恭しく、一つの盾をアキラの前に差し出した。
円形で、黄金に輝く、美しい盾。『真実の盾アークライト』だ。
アキラが、震える手で、その盾に触れた、瞬間。
盾が、まばゆい光を放った。
そして、アキラの脳裏に、直接、一つの光景が流れ込んできた。
――それは、果てしない星々が広がる、宇宙の光景。
――そして、その宇宙の遥か彼方から、こちらを、冷たく、無感情に『観測』している、巨大な、光の輪の姿。
『…脅威オブジェクト、確認。…世界変数、再計算……』
神の、声。
アキラは、ハッと息をのんだ。顔から、血の気が引いていく。
(…見つかった)
闘技会の優勝は、ゴールではなかった。
それは、神という、本当の対戦相手に、自分の存在を知らせてしまった、本当のゲームの、始まりの合図だったのだ。
アキラは、腕の中の盾を強く握りしめ、まだ見ぬ、最強最悪の『プレイヤー』の気配を、確かに感じていた。




