第2話 絶望の王国と盤上の覇者
アキラの震える声は、静まり返った玉座の間に吸い込まれていった。
隣で石のように固まっていたタカシが、我に返ったように叫ぶ。
「おい、なんだテメーら! ここはどこだよ! アキラに何かする気なら、このオレが相手だ!」
タカシはアキラの前にぐっと腕を広げ、仁王立ちになった。その場にいる誰よりも大声で、まるで威嚇する獣のように、鋭い目つきで兵士たちを睨みつける。その度胸と友達を想う気持ちは本物だったが、槍や剣で武装した大人たちから見れば、それはあまりに無力な抵抗だった。
兵士たちの間から、くすくすと笑い声が漏れ、やがてそれは侮辱的なささやきに変わっていく。
「おい、見たか? 威勢がいいのは認めるが…」
「ただのガキが二人…。これが、我らの最後の希望だと…?」
「召喚は失敗だ。姫様も、もう夢を見るのはおやめになればいいものを」
突き刺さるような視線と、悪意のこもった言葉のナイフ。アキラは、わけのわからない状況よりも、その空気に体を縮こまらせた。まるで、自分だけがとんでもない間違いを犯してしまったような、居心地の悪さだった。
その時、玉座に座っていた王が、ゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、まるで何も見ていないかのようだった。彼はアキラたちを一瞥すると、ふいと視線を逸らし、自分の隣にある、一回り小さな、誰も座っていない空っぽの玉座に目をやった。その目に、一瞬だけ、耐えがたいほどの悲しみがよぎる。
「…息子を失ったこの私に…今さら何を信じろというのだ…」
かき消えそうなほど弱々しい声は、絶望そのものだった。王が希望を失った国。その重苦しい空気に、タカシでさえ言葉を失ってしまう。
もう、だめだ。誰も、この状況をどうすることもできない。
アキラがそう思いかけた、その時だった。
「お黙りなさい」
凛、と張り詰めた声が、広間中に響き渡った。
声の主は、王の隣に立っていた少女だった。年はアキラたちとそう変わらないように見えるのに、その立ち姿には、大人たちを黙らせる不思議な力があった。絹のような黒髪を揺らし、彼女はアキラたちの前まで歩み寄る。宝石のような、少し吊り上がった瞳が、アキラの心を射抜いた。
「あなたたちが、混乱するのは分かります。私は、このローデリア王国で大賢者を務めるヒトミ。あなたたちをこの世界へ召喚したのは、この私です」
ヒトミと名乗った少女は、淡々と告げた。その口調は冷たいのに、なぜかアキラは、彼女だけが自分たちを見捨てていないと感じた。
「なぜ、オレたちを…?」
「必要だったからです」
ヒトミはきっぱりと言い切った。
「我が国は今、ザルダ帝国に侵略され、滅びの淵に立たされています。王国の騎士団も、伝統的な戦術も、もはや通用しない。だからこそ、私は最後の望みをかけ、古の予言に従ったのです」
彼女は一度言葉を切り、まっすぐにアキラの目を見た。
「予言にはこうあります。『国が闇に覆われる時、盤上の遊戯を制する覇者が現れ、常識を覆す一手で、新たな盤面を築くだろう』と」
盤上の、遊戯の覇者。その言葉に、アキラの心臓がドキリと跳ねた。
「あなたこそが、その『覇者』のはず。さあ、見せてください。あなたが持つ、特別な力を」
特別な力。
ヒトミの真剣な問いかけに、アキラは必死で頭を働かせた。力なんてない。自分はただの小学生だ。でも、この人は信じようとしてくれている。何か、何か言わなければ。アキラは、自分が唯一、誰にも負けないと誇れることを、正直に口にした。
「特別な力…? オレ、カードゲームなら、誰にも負けねえけど…」
その瞬間、今までアキラたちを嘲笑うだけだった貴族の一人が、こらえきれずに吹き出した。
「ぷっ…! か、カードゲームだと!?」
それを皮切りに、玉座の間は大きな笑い声に包まれた。腹を抱えて笑う貴族、呆れて首を振る兵士たち。それは、アキラの『誇り』を、心の底から踏みにじるような、残酷な笑い声だった。
アキラは、カッと頭に血が上るのを感じた。
恐怖や混乱よりも、もっと強い感情が、胸の奥から燃え上がってくる。
(なんだと…? オレのカードを、オレの戦いを、馬鹿にしやがったな…!)
アキラは、自分を笑う大人たちを、まっすぐに睨みつけた。
その小さな瞳には、恐怖ではなく、確かな反抗の光が宿っていた。
ーーーーー
次回、異世界でカードゲームを無下にされた主人公。果たしてあざ笑う貴族たちを、ギャフンと言わせることはできるのか?!




