第19話 初陣! 炸裂、三枚コンボ
闘技会の当日。
円形闘技場の地下にある、薄暗い選手控え室。その空気は、鉄と汗と、そしてむき出しの闘志の匂いで満たされていた。
「うおお…なんか、すげえ緊張してきた…」
タカシが、ゴツゴツした自分の拳を、何度も握っては開いている。その顔には、いつもの自信と、初めて立つ大舞台への緊張が、半分ずつ浮かんでいた。
「当たり前よ。観客は、何万人もいるわ。あんな場所で、平常心でいられる方がおかしい」
ヒトミは、壁に寄りかかり、静かに目を閉じて精神を集中させている。だが、その指先が、かすかに震えているのを、アキラは見逃さなかった。
アキラは、そんな二人の肩を、ポンと叩いた。
「大丈夫だ。練習通りやればいい。オレたちのデッキは、最強だぜ」
その根拠のない、しかし、絶対的な自信に満ちた言葉に、タカシとヒトミは顔を見合わせ、ふっと笑った。緊張が、少しだけほぐれていく。
そうだ。自分たちは、一人じゃない。
『――続いての入場は、初出場! チーム『デッキブレイカーズ』!』
アナウンスの声が響き渡り、巨大な鉄格子が、ゴゴゴと音を立てて上がっていく。
三人は、意を決して、光の中へと足を踏み出した。
その瞬間、耳をつんざくような大歓声と、そして、それを上回るほどの、けたたましい嘲笑が、三人に降り注いだ。
「なんだありゃあ! ガキのままごとか!?」
「金でも払って出場したのか!」「引っ込めー!」
灼熱の太陽が照りつける、円形の闘技場。その中央に立った三人は、あまりにも小さく、あまりにも頼りなく見えた。
だが、アキラは、そのヤジにも全く動じなかった。
(いいぞ。もっと、オレたちをナメろ。その油断が、お前らの敗因になる)
『対するは、百戦錬磨の傭兵団! チーム『鉄屑団』!』
対面のゲートから、三人の大男たちが、地響きを立てて姿を現した。錆びついた鎧を身につけ、巨大な戦斧や鉄球を軽々と振り回している。その顔には、子供をいたぶるのを楽しむかのような、下品な笑みが浮かんでいた。
「ヒャハハ! こりゃいい! 賞金に加えて、おやつまで出てくるとはな!」
「十秒だ! 十秒で、あのチビどもを泣きベソかかせてやるぜ!」
ゴーン! と、試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。
「行くぞ、野郎ども!」
鉄屑団のリーダーが叫ぶと、三人は一直線に、アキラたちの中で一番体格のいいタカシを狙って、猛然と突進してきた。単純で、しかし、圧倒的なパワーで押しつぶす作戦だ。
「――ゲームスタートだ!」アキラの声が響く。「タカシ! プランA! 敵の攻撃を引き受けろ!」
「おうよ!」
タカシは、逃げるどころか、一歩前に出た。そして、迫りくるリーダーの巨大な戦斧を、なんと、自慢の腕一本で、正面から受け止めたのだ。
ガキィィィン! と、信じられないような金属音が響き渡る。
戦斧は、タカシの腕に食い込みさえせず、びくともしない。
「なっ…!?」リーダーの目が、驚愕に見開かれる。
「おらおら! エースモンスターのお通りだぜ! そんなナマクラが、オレに通用するかよ!」
タカシは、挑発するように叫びながら、鉄屑団の三人の猛攻を、たった一人で引き受け始めた。その超人的なパワーとタフネスに、あれだけヤジを飛ばしていた観客たちも、次第に息をのんで見守り始める。
(よし! 敵のヘイトは、完全にタカシに集中した!)
アキラは、鉄屑団の三人が、完全にタカシに釘付けになっているのを確認した。彼らは、アキラのことも、そして、少し離れた場所で、おどおどと「怖がっているように見える」ヒトミのことも、完全に無視していた。
(――今だ!)
アキラは、無言でヒトミに合図を送る。
その瞬間、今まで隠していたヒトミの瞳が、カッと開いた。その両手には、すでに膨大な魔力が集まっている。
「――甘く見たわね」
ヒトミが、地面に手を叩きつける。
「『大地の沼』!」
次の瞬間、鉄屑団の三人が立っている地面が、まるで底なし沼のように、液状化し始めた。
「うわっ!? なんだ、これ!?」
「足が…足が抜けねえ!」
自慢のパワーも、足場を奪われては意味がない。三人の大男は、為す術もなく、ズブズブと泥に足を取られ、身動きが取れなくなった。
完璧な『罠カード』の発動。
アキラは、この好機を逃さない。
「決めろ、タカシ! フィニッシュだ!」
「待ってました!」
敵の攻撃から解放されたタカシは、獰猛な笑みを浮かべた。彼は、泥の中でもがく三人の真ん中へと、高く跳躍する。
「これが、オレたちの! 必殺コンボだあああっ!」
そして、その全てのパワーを込めた拳を、地面へと叩きつけた。
ズドオオオオオン!
凄まじい衝撃波が走り、泥に捕らわれていた鉄屑団の三人は、まるで打ち上げ花火のように、派手に宙を舞い、闘技場の壁まで吹き飛ばされていった。
……シン……。
あれだけ騒がしかった闘技場が、水を打ったように静まり返った。
誰もが、今、目の前で起こったことが信じられない、という顔をしている。
やがて、審判が、恐る恐る勝者の名を告げた。
「しょ、勝者! チーム『デッキブレイカーズ』!」
その言葉を合図に、静寂は、今度こそ本物の、驚嘆と興奮が入り混じった大歓声へと変わった。
観客席の片隅で、ゴライアス三兄弟が、腕を組んで唸っている。反対側では、サンドヴァイパーの双子が、蛇のような目で、じっとアキラたちを観察していた。
もはや、アキラたちを「ただの子供」として見る者は、この闘技場には、一人もいなかった。
アキラは、大歓声の中で、仲間たちとハイタッチを交わした。そして、ライバルたちがいる観客席を、挑戦的に見つめる。
「――一回戦、クリア。さて、と。次の対戦相手は、誰だ?」




