第18話 闘技場のルールと、三枚のデッキ
酒場「砂クジラの顎」の、隅のテーブル。
店主から聞いた衝撃的な事実に、三人は押し黙っていた。熱気と喧騒に満ちた酒場の中で、彼らの周りだけが、冷たく静まり返っている。
最初に沈黙を破ったのは、ヒトミだった。
「…闘技会なんて、無謀よ。聞いたでしょう、優勝者はろくな死に方をしないって。きっと、盾を手にした瞬間、街中の悪党から命を狙われることになるわ。もっと別の方法を探すべきよ。夜中に、王宮に忍び込んで盗み出すとか…」
「ダメだ」
アキラが、ヒトミの言葉を遮った。その声は、静かだったが、強い意志がこもっていた。
「店主は言ってたぜ。『真実の盾』は、持ち主の魂を映し出すって。そんな伝説のアイテムを、こそこそ盗み出すようなヤツが、果たして『神器』の持ち主として認められるか? オレは、認められないと思う」
「でも!」
「それに、だ」アキラは、ぐっと身を乗り出した。「オレたちは、神様と戦うんだぜ? 街の悪党どもを恐れて、コソコソ隠れてるようなヤツらに、神様が倒せるかよ!」
アキラの言葉に、ヒトミはぐっと唇を噛む。正論だった。あまりにも真っ直ぐな、しかし、一点の曇りもない正論だった。
「…オレは、戦いてえ!」
今まで黙っていたタカシが、テーブルを拳で軽く叩いて言った。その瞳は、闘志の炎でギラギラと輝いている。
「強いヤツらと戦って、勝って、堂々とあの盾を手に入れる! その方が、ぜってー気持ちいい! それに、アキラとヒトミが一緒なら、負ける気がしねえ!」
タカシの、裏表のない、絶対的な信頼。
アキラの、困難をゲームとして楽しむ、不屈の闘志。
そして、二人を心配しながらも、その正しさを認めざるを得ない、ヒトミの理性。
三人の気持ちは、一つに定まった。
翌日。三人は、街の中心にそびえ立つ、巨大な円形闘技場の前に立っていた。
砂岩を切り出して作られたその建物は、ローデリア城よりも遥かに巨大で、歴史の重みと、染みついた血の匂いを感じさせた。
闘技会の参加登録所には、長い列ができていた。並んでいるのは、岩のような筋肉を持つ大男や、蛇のように素早い動きの剣士、怪しげな呪文を唱える魔術師など、一癖も二癖もありそうな猛者ばかりだ。
その列に、アキラたち三人が並んだ時、周りの参加者たちから、好奇と嘲笑の視線が突き刺さった。
「なんだ、あのチビ共は」
「見世物でもあるのか? それとも、親のお使いか?」
登録官を務める、顔中傷だらけの巨漢は、アキラたちを見ると、あからさまに鼻で笑った。
「ここは、ガキの遊び場じゃねえ。ママのおっぱいでも吸ってな。失せろ」
「…ルールブックに、年齢制限は書いてないはずだけど?」
アキラは、全く動じずに、王家から授かった金貨がずっしりと入った袋を、ドン、とカウンターに置いた。参加費だ。
「参加費は、これで足りるだろ?」
子供らしからぬ度胸と、目の前の大金に、登録官は一瞬、目を見開いた。そして、ニヤリと、サメのような獰猛な笑みを浮かべた。
「…へっ。面白い。死にたいヤツを、止める義理はねえな。ルールは、三人一組のチーム戦だ。チーム名は、なんてんだ?」
「チーム名は…」
アキラは、仲間たちの顔を見て、にっと笑った。
「――『デッキブレイカーズ』だ」
無事に登録を済ませた三人は、闘技場の観客席から、他の参加者たちの様子をうかがうことにした。これが、アキラの言うところの『対戦相手のデッキ分析』だった。
「うわ、デケえ…」タカシが声を上げる。
闘技場の中庭では、昨年の優勝チームだという、「ゴライアス三兄弟」がトレーニングをしていた。三つ子なのか、全員が同じ顔をした、クマのように巨大な男たちだ。ただ、ハンマーを振るっているだけで、地面が揺れている。
「あっちも厄介そうね…」ヒトミが眉をひそめる。
壁際では、「砂漠の毒蛇」と呼ばれる、双子らしき男女のチームが、クナイのような武器に、怪しげな紫色の液体を塗っていた。俊敏な動きと、毒を使ったいやらしい戦い方を得意とするチームだ。
強いチームは、他にも山ほどいる。その誰もが、アキラたちより大きく、強く、そして経験豊富に見えた。
宿屋に戻った時、部屋の空気は重かった。
「…なあアキラ。あいつら、本当に勝てんのか?」強気のタカシでさえ、少し不安そうだ。
だが、アキラの瞳は、少しも曇っていなかった。彼は、宿のテーブルに一枚の羊皮紙を広げると、そこに闘技場の簡単な見取り図を描き始めた。
「心配すんな。オレたちの『デッキ』は、あいつらとはコンセプトが違う」
アキラは、三つの駒を、見取り図の上に置いた。
「いいか。タカシ、お前はオレたちの『エースモンスター』だ。その圧倒的なパワーで、敵の陣形を破壊し、全てのヘイトを自分に集める。お前が、このデッキの切り札だ」
「エースモンスター…! かっけえ!」
「ヒトミ、あんたは『魔法・罠カード』だ。相手からは見えない位置から、回復、補助、そして、ここぞという時の奇襲魔法を放つ。敵を混乱させ、盤面をコントロールする、このデッキの心臓部だ」
「…まあ、妥当な役割ね」
「じゃあ、アキラはなんだよ?」タカシが尋ねる。
アキラは、自分の駒を、二つの駒の少し後ろに置いた。そして、最高の笑顔で言った。
「オレは、『プレイヤー』だ。フィールドに立ちながら、相手の戦略をリアルタイムで読み解き、お前たち二人に、最高の『次の一手』を指示する。オレたちは、ただの三人の戦闘チームじゃない。攻撃、補助、そして頭脳。三つの役割が完璧に噛み合った、世界でたった一つの、『三枚コンボデッキ』なんだよ」
その言葉には、不思議な力が宿っていた。タカシとヒトミの心にあった不安は、確かな自信と、仲間への信頼へと変わっていく。
ゴーン、と、闘技会のはじまりを告げる、遠いゴングの音が響いた。
三人は、顔を見合わせ、強く頷いた。
彼らの、最初の「デュエル」が、始まろうとしていた。




