第15話 叡智の書庫と、神の名
ゴゴゴゴゴ…と、数千年の時を経て、巨大な石の扉が開いた。
三人が足を踏み入れた先は、洞窟の暗闇ではなかった。
そこは、信じられないほど広大な、巨大なドーム状の空間だった。
「……うわあ……」
タカシが、子供のように素直な感嘆の声を上げた。
天井という概念はなく、遥か上方は、まるで本物の夜空のように無数の星がまたたいていた。その星々の光が、空間全体を柔らかく照らし出していた。壁という壁には、天井まで届くほどの巨大な本棚がびっしりと並び、そこには羊皮紙の巻物や、革張りの古書が、何十万、いや何百万冊と眠っていた。
「すごい…これが全部、本…?」
「本だけじゃないわ…見て」
ヒトミが、震える声で指差す。
空間の中ほどには、書物だけでなく、青白い光を放つ水晶や、宙に浮かぶ幾何学模様の石板などが、ゆっくりと漂っていた。その一つ一つに、膨大な知識が封じ込められているのが、魔力に敏感なヒトミには分かった。
彼女は、まるで聖地に足を踏み入れた巡礼者のように、うっとりとした表情で、その光景に見入っていた。ここにある知識を、もし全て吸収できたなら…。考えるだけで、賢者としての血が沸き立った。
アキラは、そんな二人とは少し違う視点で、この場所を見ていた。
(なんだ、この空間は…。構造が、まるで巨大なサーバーそのものだ。本や水晶は、データが詰まったファイル…。だとしたら、一番重要な情報が保管されている『メインサーバー』が、どこかにあるはずだ)
三人は、まるで何かに導かれるように、自然と書庫の中心へと歩みを進めていった。
中央は、広大な吹き抜けになっており、その中心にある台座の上に、ひときわ巨大な、家ほどもある水晶が、静かに脈動するように明滅していた。
三人が台座に近づいたその時だった。
水晶の光が、ひときわ強く輝いた。そして、直接、頭の中に語りかけてくるような、性別も年齢も超越した、静かで澄んだ声が響き渡った。
『――待っていたぞ。新たなる、盤面の駒たちよ』
「だ、誰だ!?」タカシが身構える。
『我は、この書庫の番人。かつて、神に挑み、敗れ去った者の遺志そのもの』
声は、悲しみも喜びもなく、ただ淡々と事実を告げた。
『この場所は、神々という『プレイヤー』に対抗するための知識の砦。我は、次なる抵抗の意志を持つ者が、この場所へたどり着くのを、幾星霜も待ち続けていた』
アキラは、ゴクリと唾を飲み込むと、一歩前に出て、水晶に向かって問いかけた。
「教えてくれ! ザルダ帝国を裏で操っていた『プレイヤー』は誰なんだ!? そいつの目的は!? どうすれば、そいつに勝てる!?」
アキラの問いに、声は答えた。
『…良かろう。それが、汝らの求める知識ならば』
中央の巨大な水晶が、激しく明滅する。すると、三人の目の前の空間に、星々が浮かぶ宇宙の光景が、立体映像のように浮かび上がった。無数の銀河、無数の星々。それは、神の視点から見た、世界の姿だった。
『プレイヤーは、一人ではない。星の数ほど存在する。それぞれが、自らの『ゲーム』のために、様々な世界を創造し、支配している』
映像は、その中の一つの、ひときわ冷たい光を放つ存在を、大きく映し出した。それは、人の形ですらなかった。無数の光の輪が、複雑に絡み合った、巨大な天体のような存在だった。
『汝らが戦った駒、ゼノ。彼を操っていたプレイヤーの名は、『観測者』アイン』
「観測者…アイン…」
『アインの目的は、破壊や征服ではない。彼にとって、生命が持つ感情や自由意志は、宇宙の調和を乱す『バグ』でしかない。彼は、全ての生命から感情と思考を奪い、自らの数式通りに動く、完璧で、静かな世界を創り上げること…それこそを『ゲームのクリア』としている』
その言葉に、アキラは背筋が凍るのを感じた。ゼノの、あの感情のない瞳。勝利のためだけに動く、冷徹な思考。彼は、プレイヤーであるアインの思想を、忠実に反映していたにすぎなかったのだ。
「そんなヤツに、どうやって勝てばいいんだ…!」タカシが叫ぶ。
『力で神を討つことはできぬ。神を打倒するには、神のルールそのものを、覆すしかない』
声は、続ける。
『かつて、アインと同じプレイヤーでありながら、自由意志を愛し、神々に反旗を翻した者がいた。その者は、敗れる前に、自らの力を七つに分け、この世界の各地に隠した。それが、『神々のゲーム盤』をひっくり返す力を持つ、伝説の武具――『神器』だ』
次の瞬間、三人の目の前の宇宙の映像が、彼らが今いる世界の地図へと変わった。
そして、その地図上の、七つの場所に、まばゆい光の点が灯った。
「これが…」
『神器の眠る場所だ。それを全て集めし時、汝らは、ただの『駒』ではなく、神々と対等に渡り合う、新たなる『プレイヤー』となる資格を得るだろう』
声は、そこで途切れた。水晶の光も、元の静かな明滅に戻る。
だが、三人の前には、七つの光を宿した世界の地図が、はっきりと残されていた。
絶望的なほどに壮大な真実。しかし、それは同時に、暗闇の中に差し込んだ、確かな光の道筋でもあった。
ア"キラは、その光の地図を睨みつけ、ニヤリと、最高の笑顔で笑った。
「…なるほどな。神様を倒すための、アイテム探しゲーム、か」
「面白え! やってやろうぜ!」
「ええ。私たちのやるべきことは、決まったわね」
神が作った理不尽なゲーム盤の上で、ただ翻弄される駒でいるつもりはない。
自分たちの手で、このゲームのルールを書き換え、勝利を掴み取る。
アキラは、一番近くで輝く、最初の光の点を指差した。
「よし、目標は決まった。――次のダンジョンは、あそこだ!」
三人の冒険は、今、本当の意味で始まった。世界という広大な盤面の上で、神々という最強のプレイヤーに挑む、壮大なゲームが。




