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第13話 逆転の盤面と、空の王者

 ガツン! ガリガリッ!

 洞窟の入り口から響く、不気味な破壊音。怒り狂ったグリフォンたちが、その鋭い嘴で、出口を塞ぐ岩を少しずつ削り取っている。このままでは、突破されるのも時間の問題だった。


「くそっ、キリがねえ! いっそ、オレが飛び出して、全部ぶん殴ってやる!」


 タカシが拳を握りしめ、息巻く。だが、レオンから借りてきた頑丈な剣は、先ほどの戦闘で谷底へ落としてしまっていた。素手で、あの数のグリフォンに勝てるはずがない。


「無茶よ、タカシ! あなたのその脳筋パワーは、もっと大事な場面まで取っておきなさい!」


 ヒトミが冷静に、しかし焦りを隠せない声でタカシを制する。彼女は、洞窟の壁に背を預け、魔力の回復に努めていた。先ほどの連戦で、体力も魔力も、かなり消耗してしまっている。


 状況は、最悪だった。

 アキラは、洞窟の暗闇の中で、じっと目を閉じていた。彼の頭の中では、無数のシミュレーションが、目まぐるしい速さで繰り返されていた。


(ダメだ…。この盤面は、完全に『詰み』だ。使える手札が少なすぎる。タカシのパワーは、空中戦では効果が薄い。ヒトミの魔力も、もう決定打を放つほどの残りはない。オレの頭脳だけじゃ、この状況は覆せない…)


 アキラは、自分の無力さに唇を噛んだ。ローデリアを救った時のような、鮮やかな逆転の一手が、どうしても見つからない。

 その時だった。


「…アキラ」


 隣に座っていたヒトミが、静かに声をかけた。


「あなた、ローデリアで言っていたわよね。『オレ一人じゃ勝てない。でも、みんなが考えれば、勝てる』って」

「…!」

「忘れたの? あなたの本当の強さは、その頭脳だけじゃない。私たちを信じ、私たちの力を引き出すことでしょう? 私も、タカシも、ただの駒じゃない。あなたの『仲間』よ」


 ヒトミの言葉が、アキラの心に深く突き刺さる。

 そうだ。オレは、また一人で戦おうとしていた。一人で、この絶望的な盤面をどうにかしようともがいていた。


 アキラは、目を開けた。そして、隣にいる仲間たちの顔を見た。

 タカシは、悔しそうにしながらも、その瞳には「アキラ、何か手はないのか」という絶対的な信頼の色が浮かんでいる。

 ヒトミは、疲れているはずなのに、その背筋はまっすぐに伸び、「あなたの指示を待っている」という賢者の覚悟を示している。


(…そうか。オレの手札は、オレだけじゃない。タカシがいて、ヒトミがいる。この三人が、オレの『デッキ』なんだ)


 アキラの頭の中に、一筋の光が差し込んだ。それは、あまりにも大胆で、あまりにも無謀な、起死回生の一手だった。


「…二人とも、作戦がある」


 アキラの声のトーンが、変わった。いつもの、自信に満ちたゲームメイカーのそれに。


「この作戦は、コンボの精度が全てだ。タイミングが0.1秒でもズレたら、オレたちは全員、谷底行きだ。それでも…やってくれるか?」


 タカシが、ニッと歯を見せて笑った。

「あったりめえだろ! お前の指示なら、どこへだって飛んでやるぜ!」

 ヒトミも、静かに、しかし力強くうなずいた。

「ええ。あなたの『読み』を、信じるわ」


 アキラは、二人に作戦を告げた。それを聞いた二人の顔は、驚愕に染まった。だが、そこには一切の疑いはなかった。


「よし、行こう。セカンドフェイズ、いや…ファイナルフェイズの始まりだ!」


 アキラは、洞窟の入り口に向かって、深呼吸をした。そして、今までで一番大きな声で叫んだ。


「――おい! 鳥野郎ども! オレたちが、本当の『空の王者』が誰か、教えてやるよ!」


 その挑発に、グリフォンたちが一斉に怒り立つ。

 そして、ついに洞窟の入り口の岩が、砕け散った。


 その瞬間を、三人は待っていた。


「タカシ、今だ! 飛べ!」

「うおおおおお!」


 タカシは洞窟から飛び出すと、そのまま崖から身を投げ出した。まっすぐに、谷底へと。


「なっ!?」


 グリフォンたちが予想外の行動に一瞬、虚を突かれる。

 その隙を、ヒトミは見逃さない。


「風よ、彼の翼となれ! フライ!」


 ヒトミが残った魔力の全てを込めて、タカシに浮遊魔法をかけた。タカシの体は、谷底へ落ちる寸前でふわりと浮き上がり、まるで砲弾のように、グリフォンの群れのど真ん中へと突っ込んでいく。


「なっ…人間が、空を…!?」


 グリフォンたちがありえない光景に混乱する。その混乱の中心で、タカシは笑っていた。


「空中戦じゃオレのパワーが活きねえ、だと? だったら、オレ自身が『砲弾』になりゃいいんだよ!」


 タカシは、空中でヒトミの魔法に身を任せながら、近くにいたグリフォンを次々と、その豪腕で殴り飛ばしていく。空飛ぶ人間という、前代未聞の『駒』の登場に、グリフォンたちの統率は完全に崩壊した。


 そして、アキラの本当の狙いは、そこにあった。


「ヒトミ! リーダーを狙え!」

「ええ!」


 群れが混乱し、リーダー格のグリフォンが孤立した、その一瞬。

 ヒトミは、最後の力を振り絞り、一つの魔法を放った。それは、攻撃魔法ではない。


「彼の誇り高き魂に、我が言葉を届けよ! テレパシー!」


 ヒトミの魔法が、リーダー格のグリフォンの頭に、直接語りかける。

『誇り高き空の王者よ! 我らは、汝らの縄張りを荒らすつもりはない! ただ、この山を越えさせてほしい! 我らが敵ではないこと、その証を今、見せよう!』


 その言葉と同時に、アキラは、懐からあるものを取り出し、リーダー格のグリフォンに向かって、高く放り投げた。

 それは、囁きの森で手に入れた、あの魔法のコンパスだった。


 コンパスは、太陽の光をキラリと反射し、リーダー格のグリフォンの目の前で、ピタリと、山の向こう側を指し示した。

 その瞬間、グリフォンの猛々しい瞳が、わずかに揺れた。

 彼らは、本能で理解したのだ。この小さな人間たちが、ただの侵入者ではないこと。そして、あのコンパスが、この山脈の理を超えた、特別な『意志』を持っていることを。


 リーダー格のグリフォンは、一声、高く鳴いた。

 それは、怒りの声ではなかった。

 それを合図に、全てのグリフォンが、タカシへの攻撃をやめ、空中で美しい円を描くように旋回し始めた。


 そして、リーダー格のグリフォンは、ゆっくりとアキラたちの前に降り立つと、その巨大な頭を、静かに下げた。

 それは、空の王者が、新たなる『好敵手ライバル』を認めた、敬意の証だった。


 絶体絶命の盤面は、誰も血を流すことなく、完璧な形でクリアされた。

 アキラは、仲間との絆が生み出した奇跡の勝利に、静かに微笑んでいた。

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