表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/26

第12話 鷲獅子の巣と空中のコンボ

 魔法のコンパスが指し示す方角は、ローデリア王国でも最も険しいと言われる『天衝てんしょう山脈』だった。

 囁きの森を抜けた三人は、鬱蒼とした木々の世界から一転、荒々しい岩肌が剥き出しの登山道を進んでいた。吹き付ける風は刃物のように冷たく、空気は日に日に薄くなっていく。


「へっくしょん! さみい! それに、なんか息苦しいな!」


 寒さに弱いタカシが、鼻をすすりながら文句を言う。


「標高が高いからよ。少しペースを落としましょう。高山病になったら厄介だわ」


 ヒトミが冷静にアドバイスする。彼女は寒さには強いのか、平然とした顔で、むしろ険しい山脈の光景に知的な興味を引かれているようだった。

 アキラは、そんな二人を見ながら、コンパスの針がブレていないかを確認していた。針は、山脈の最も高い峰の、さらに向こう側を、まっすぐに指し示している。


「みんな、がんばれ。この山を越えれば、きっとすごい『レアアイテム』が待ってるぜ」

「それを言うなら、伝説級レジェンダリーの武器とかがいいな! デカくて、カッコいいハンマーとか!」

「あなたにこれ以上、脳筋な武器を与えてどうするのよ…」


 そんな軽口を叩き合える余裕が彼らから消え去ったのは、目の前に一本の、あまりに細い吊り橋が現れた時だった。眼下には、雲が渦巻く底知れない谷が広がっている。


「うわ…マジかよ、これ渡るのか?」タカシが顔を引きつらせる。

「コンパスは、この先を指しているわ。行くしかない」


 覚悟を決め、三人は慎重に吊り橋へと足を踏み入れた。

 その、ちょうど中央まで差し掛かった時だった。


 甲高い、空気を引き裂くような叫び声が、山々にこだました。


「!?」


 三人が弾かれたように空を見上げる。

 上空で、巨大な影がいくつも旋回していた。鷲の頭と翼、そしてライオンの胴体を持つ、誇り高き魔獣――グリフォンだ。


「まずいわ…!」ヒトミが叫ぶ。「一羽じゃない…群れよ! ここは、グリフォンの巣になってるんだわ!」


 その言葉を証明するかのように、群れの中の一羽が、狙いを定めて急降下してきた。その速さは、まるで空から放たれた矢のようだ。狙いは、三人のうち誰か一人を、その巨大な鉤爪で谷底へ突き落とすこと。


「くっ…! 風の障壁ウィンド・ウォール!」


 ヒトミが叫ぶと、三人の周りに渦巻く風の盾が出現し、グリフォンの突撃をかろうじて弾き返した。だが、その衝撃で吊り橋が大きく揺れる。


「うおおおっ! 落ちる!」

「くそっ! オレの拳が、空じゃ届かねえ!」


 タカシが悔しそうに叫ぶ。自慢のパワーも、空を飛ぶ敵の前では宝の持ち腐れだ。

 一羽、また一羽と、グリフォンたちが次々と襲いかかってくる。ヒトミの魔法がなければ、一瞬で谷底だっただろう。


(ダメだ! この盤面じゃ、こっちは不利すぎる! 防戦一方で、いずれマジックポイント――ヒトミの魔力が尽きる!)


 アキラの頭が、高速で回転を始めた。敵は空中、こちらは不安定な吊り橋の上。使えるカードは、ヒトミの風魔法と、タカシの腕力、そして、この地形。


「――新しい盤面を作るんだ!」アキラが叫んだ。

 彼は、橋の向こう岸にある、岩がせり出した小さな洞窟を指差した。


「あの洞窟に逃げ込むぞ! あそこなら、空からの攻撃は防げる!」

「でも、どうやって!?」

「コンボで行く! オレが指示する! タカシ!」

「おう!」

「お前は『タンク』だ! 敵の注意を全力で引きつけろ! ヘイトを稼ぐんだ!」


『タンク』『ヘイト』。ゲーム用語だったが、その意味をタカシは完璧に理解した。


「任せとけ! おい、鳥ども! こっちだ、こっちに来てみろ!」


 タカシは、あえて吊り橋の真ん中で踏ん張り、大声で叫びながら、近くの岩壁を拳で殴りつけた。ゴウッ!と凄まじい音が響き渡り、グリフォンたちの敵意が、一斉にタカシへと向かう。


「今よ、アキラ!」

「ヒトミ! 狙うは、群れのリーダー! 一番デカいヤツだ! 足止めでいい、動きを止めろ!」


 ヒトミの瞳に、魔力の光が集中する。

「貫け! 風のウィンド・ランス!」


 放たれた風の魔法は、一直線にリーダー格のグリフォンの翼を撃ち抜いた。致命傷ではない。だが、完璧な統率で飛んでいた群れの動きが、一瞬だけ、乱れた。


「今だ! 走れえええ!」


 アキラの叫びを合図に、三人は全力で吊り橋を駆け抜けた。

 背後から迫るグリフォンの鉤爪が、アキラの背中をかすめる。だが、間一髪。三人は洞窟の中へと転がり込んだ。


 洞窟の中で、三人は肩で息をしながら、互いの顔を見合わせた。

「…やったな、アキラ!」

「ナイスコンボ、二人とも」


 安堵したのも束の間、洞窟の入り口を、怒り狂ったグリフォンたちが塞ぎ、鋭い嘴で岩を突き始めた。ガツン!ガツン!と、不気味な音が響き渡る。


 彼らは、確かに一時的な安全は確保した。

 だが、それは同時に、自ら袋のネズミになったことも意味していた。

 洞窟の外には、縄張りを荒らされ、怒り狂った魔獣の群れ。


 アキラは、険しい顔で洞窟の外を睨んだ。

「…さて、と。セカンドフェイズ、開始だな」


 この絶体絶命の盤面を、どうやってクリアするのか。

 本当の戦いは、ここからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ