第12話 鷲獅子の巣と空中のコンボ
魔法のコンパスが指し示す方角は、ローデリア王国でも最も険しいと言われる『天衝山脈』だった。
囁きの森を抜けた三人は、鬱蒼とした木々の世界から一転、荒々しい岩肌が剥き出しの登山道を進んでいた。吹き付ける風は刃物のように冷たく、空気は日に日に薄くなっていく。
「へっくしょん! さみい! それに、なんか息苦しいな!」
寒さに弱いタカシが、鼻をすすりながら文句を言う。
「標高が高いからよ。少しペースを落としましょう。高山病になったら厄介だわ」
ヒトミが冷静にアドバイスする。彼女は寒さには強いのか、平然とした顔で、むしろ険しい山脈の光景に知的な興味を引かれているようだった。
アキラは、そんな二人を見ながら、コンパスの針がブレていないかを確認していた。針は、山脈の最も高い峰の、さらに向こう側を、まっすぐに指し示している。
「みんな、がんばれ。この山を越えれば、きっとすごい『レアアイテム』が待ってるぜ」
「それを言うなら、伝説級の武器とかがいいな! デカくて、カッコいいハンマーとか!」
「あなたにこれ以上、脳筋な武器を与えてどうするのよ…」
そんな軽口を叩き合える余裕が彼らから消え去ったのは、目の前に一本の、あまりに細い吊り橋が現れた時だった。眼下には、雲が渦巻く底知れない谷が広がっている。
「うわ…マジかよ、これ渡るのか?」タカシが顔を引きつらせる。
「コンパスは、この先を指しているわ。行くしかない」
覚悟を決め、三人は慎重に吊り橋へと足を踏み入れた。
その、ちょうど中央まで差し掛かった時だった。
甲高い、空気を引き裂くような叫び声が、山々にこだました。
「!?」
三人が弾かれたように空を見上げる。
上空で、巨大な影がいくつも旋回していた。鷲の頭と翼、そしてライオンの胴体を持つ、誇り高き魔獣――グリフォンだ。
「まずいわ…!」ヒトミが叫ぶ。「一羽じゃない…群れよ! ここは、グリフォンの巣になってるんだわ!」
その言葉を証明するかのように、群れの中の一羽が、狙いを定めて急降下してきた。その速さは、まるで空から放たれた矢のようだ。狙いは、三人のうち誰か一人を、その巨大な鉤爪で谷底へ突き落とすこと。
「くっ…! 風の障壁!」
ヒトミが叫ぶと、三人の周りに渦巻く風の盾が出現し、グリフォンの突撃をかろうじて弾き返した。だが、その衝撃で吊り橋が大きく揺れる。
「うおおおっ! 落ちる!」
「くそっ! オレの拳が、空じゃ届かねえ!」
タカシが悔しそうに叫ぶ。自慢のパワーも、空を飛ぶ敵の前では宝の持ち腐れだ。
一羽、また一羽と、グリフォンたちが次々と襲いかかってくる。ヒトミの魔法がなければ、一瞬で谷底だっただろう。
(ダメだ! この盤面じゃ、こっちは不利すぎる! 防戦一方で、いずれマジックポイント――ヒトミの魔力が尽きる!)
アキラの頭が、高速で回転を始めた。敵は空中、こちらは不安定な吊り橋の上。使えるカードは、ヒトミの風魔法と、タカシの腕力、そして、この地形。
「――新しい盤面を作るんだ!」アキラが叫んだ。
彼は、橋の向こう岸にある、岩がせり出した小さな洞窟を指差した。
「あの洞窟に逃げ込むぞ! あそこなら、空からの攻撃は防げる!」
「でも、どうやって!?」
「コンボで行く! オレが指示する! タカシ!」
「おう!」
「お前は『タンク』だ! 敵の注意を全力で引きつけろ! ヘイトを稼ぐんだ!」
『タンク』『ヘイト』。ゲーム用語だったが、その意味をタカシは完璧に理解した。
「任せとけ! おい、鳥ども! こっちだ、こっちに来てみろ!」
タカシは、あえて吊り橋の真ん中で踏ん張り、大声で叫びながら、近くの岩壁を拳で殴りつけた。ゴウッ!と凄まじい音が響き渡り、グリフォンたちの敵意が、一斉にタカシへと向かう。
「今よ、アキラ!」
「ヒトミ! 狙うは、群れのリーダー! 一番デカいヤツだ! 足止めでいい、動きを止めろ!」
ヒトミの瞳に、魔力の光が集中する。
「貫け! 風の槍!」
放たれた風の魔法は、一直線にリーダー格のグリフォンの翼を撃ち抜いた。致命傷ではない。だが、完璧な統率で飛んでいた群れの動きが、一瞬だけ、乱れた。
「今だ! 走れえええ!」
アキラの叫びを合図に、三人は全力で吊り橋を駆け抜けた。
背後から迫るグリフォンの鉤爪が、アキラの背中をかすめる。だが、間一髪。三人は洞窟の中へと転がり込んだ。
洞窟の中で、三人は肩で息をしながら、互いの顔を見合わせた。
「…やったな、アキラ!」
「ナイスコンボ、二人とも」
安堵したのも束の間、洞窟の入り口を、怒り狂ったグリフォンたちが塞ぎ、鋭い嘴で岩を突き始めた。ガツン!ガツン!と、不気味な音が響き渡る。
彼らは、確かに一時的な安全は確保した。
だが、それは同時に、自ら袋のネズミになったことも意味していた。
洞窟の外には、縄張りを荒らされ、怒り狂った魔獣の群れ。
アキラは、険しい顔で洞窟の外を睨んだ。
「…さて、と。セカンドフェイズ、開始だな」
この絶体絶命の盤面を、どうやってクリアするのか。
本当の戦いは、ここからだった。




