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第11話 迷いの森と賢者のコンパス

 ローデリア王都の城門をくぐり、三人の旅は始まった。

 舗装された街道を外れ、地図に記された「忘れられた谷」への最短ルートを進む。そこはもう、アキラたちの知っている世界ではなかった。


「なあ、まだ着かねえのかよー。オレ、もう腹へったぞ」


 旅が始まって三日目、タカシは早くも音を上げた。彼の背負う巨大なリュックサックは、そのほとんどがお菓子と食料で満たされていた。


「うるさいわね、タカシ。あなた、歩きながらずっと何か食べてるじゃない。少しは自分で考えなさい」


 先頭を歩くヒトミが、呆れたように振り返る。彼女は、道端に生えている珍しい薬草を見つけるたびに足を止め、採取していった。その知識は、まさに歩く賢者そのものだった。


「ゲームと一緒だよ、タカシ。最初の街を出たら、次のダンジョンに着くまでひたすら歩くんだ。レベル上げだと思って頑張れ」


 アキラは、地図とコンパスを交互に見ながら、どこか楽しそうに言った。彼にとって、この未知の世界を旅することは、壮大な新作RPGをプレイしている感覚に近い。見るもの全てが新鮮で、心は躍っていた。

 そんな和やかな旅は、目の前に巨大な森が姿を現したことで、その様相を変えた。


「『囁きの森』…。地図によれば、ここを抜けるのが一番の近道だ」


 アキラが言う。森は、昼間だというのに薄暗く、木々の背丈は天に届くほど高い。そして、奇妙なほどに静かだった。鳥の声も、虫の音も聞こえない。ただ、葉が擦れ合う音だけが、囁き声のように聞こえていた。


「…なんだか、気味の悪い森だな」

「ええ。強力な魔力が漂っているわ。みんな、油断しないで」


 ヒトミの警告に、三人は気を引き締めて森へと足を踏み入れた。

 だが、一時間ほど歩いた頃、彼らは異変に気付く。


「…あれ?」アキラが足を止めた。「この変な形をした岩、さっきも見たような…」

「気のせいじゃないか? 早く行こうぜ」


 タカシに促され、さらに歩みを進める。だが、またしても同じ岩の前へと戻ってきてしまった。

「どうなってんだよ!?」

「これは…『迷いの森』ね」


 ヒトミが、険しい顔で周囲を見渡した。

「強力な幻術と、空間を歪める魔法が森全体にかかっているわ。ただ歩いているだけでは、永遠にここから出られない」


「じゃあ、どうすんだよ!」

「うだうだ考えてねえで、まっすぐ突っ切ればいいんだよ!」


 タカシがそう言うと、一番太い木に目印の傷をつけ、コンパスが指す「北」の方角へ、がむしゃらに進み始めた。アキラとヒトミも、やれやれという顔で後を追う。

 しかし、三十分後。彼らの目の前には、タカシがつけたばかりの傷跡がある、あの木が立っていた。


「だあああ! なんでだよ!」


 頭をかきむしるタカシ。これでは、まさに袋の鼠だ。

 焦りと疲労が三人を包む。その時、アキラが「ストップ」と声をかけた。彼はその場にあぐらをかくと、じっと目を閉じた。


「アキラ?」

「…ゲームなら、絶対にクリアする方法がある。どんな理不尽なパズルにも、必ず『ルール』と『法則』があるんだ」


 アキラは、戦場で盤面を読んでいた時と同じように、全神経を集中させた。敵は、森そのもの。この森の「思考」を読むんだ。

 彼は目を開けると、地面や木々、空気の流れといった、ささいな情報を拾い始めた。


「…分かったかもしれない」

「本当!?」

「この森、よく見ると、霧が薄くなっている場所と濃くなっている場所がある。そして、霧が薄い場所には、必ず『青い苔』が生えた木があるんだ」

「それが、なんなのよ?」

「たぶん、それがこの森の『安全地帯セーフティゾーン』なんだよ。道なんて関係ない。オレたちは、青い苔が生えた木だけを辿って進むんだ!」


 それは、あまりに突飛な仮説だった。だが、ヒトミはハッとした顔になった。

「…そうかもしれないわ。どんなに強力な魔法でも、完璧な空間を作ることはできない。必ず、どこかに綻び、『法則の揺らぎ』が生まれるはず…。アキラ、あなたはそれを見つけたのね」

「ああ。オレの『読み』が正しければ、な」


 作戦は決まった。タカシが先頭に立ち、アキラが「次、右斜め前の青い苔の木!」「その次は、左だ!」と指示を出す。ヒトミは、幻術を見破るための補助魔法を三人にかけ、集中力を高める。


 一歩、また一歩と、彼らは今までとは全く違うルートを進んでいく。

 やがて、周りの木々が、明らかに古く、そして神秘的な姿に変わっていくのが分かった。

 そして、ついに――。

 目の前が、ぱあっと明るく開けた。


 三人が立っていたのは、森の中心にぽっかりと空いた、陽光が降り注ぐ美しい円形の広場だった。そこには、苔むした小さな祭壇が一つだけあり、その上に、古びた手のひらサイズのコンパスが一つ、静かに置かれていた。


 アキラがそれを手に取ると、コンパスの針は、北でも南でもない、全く違う方角を指して、ぴたりと止まった。そして、その台座には、古代文字でこう刻まれていた。


『迷いなき者に、叡智への道筋を』


「…やった! やったぜ、アキラ!」

「ええ。これはただのコンパスじゃないわ。『叡智の書庫』の場所を指し示す、魔法のコンパスよ!」


 ヒトミが興奮した声で言う。

 アキラは、誇らしげにニッと笑った。


「だろ? どんな難解なダンジョンにも、必ず『攻略法』ってやつはあるんだよ」


 最初の試練を、三人はそれぞれの力を合わせて乗り越えた。それは、彼らの絆が、また一つ強くなった証。

 伝説の攻略本への道筋を示すコンパスを手に、彼らの胸は、次なる冒険への期待で、大きく膨らんでいた。

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