牧場経営
それの発端は、いつものレア狩り途中に耳打ちが急に入ったことからだった。
昔に少し関わった、ギトギト……だったか。
いや、そうだ自称自警団のギトスジくんから。
「これについて、事態に詳しい人という心当たりを聞いていたら、とある方からあなたの話が出まして」
「…だれだよ…」
「詳しくは後でお話ししますが、ストックホルム症候群に詳しいっていうのは…本職精神科医の方なので?」
「そこまで稼げる類は知り合いにもいないよ…」
しょうこうぐん?
なんだっていうんだ、話じゃなく呼び出しまでするって。
「こちらの認識が怪しいと感じられ始めたのは、初心者のPKログ持ちが増えていたことなんですが…」
「人が増えれば初心者消えるまで待てないヤカラがいるのは、不思議じゃない気がするけどなァ…」
「そういった層はアリーナで存分にやれますし、そこでやることに関して、いわゆる危険ログは出ないのですよ」
「…そういえばそうか」
無駄に自警団しすぎじゃないのと訝し気な私の気持ちを察して、それなりにシステム解説をくれるギトギトくん。
来てほしいと言われる場所に向かう間も、しっかり説明をくれるのは、ちょっと頼もしい。
「それに、初心者が設定解除するのは大変ですよ、8回ぐらいは今だと解除しないで下さいと止めるメッセージや警告が出るはずじゃないですか?」
「あぁ、そうだねえ、出るわ」
やった。
それやった。
「そこをわざわざやって、アリーナでも満足できない、というのは異常と我々は見ました」
「集団で祭りかなんかではやったりした…ってのは?」
「アリーナや許可エリアでは無理で、フィールドでという必要性があるのかはわかりませんね」
「…そこ調べたわけではないのか」
またちょっと余計な考えすぎ説が浮上。
「数年やっててもフィールドで他のPCを殺して物を奪いたいのが主目的でないと解除はしない、というのが我々の一般認識なのは、ずっと変わっていないのですから」
「…まぁねぇ……多数に絶対必要な設定とは言えない…か…」
平和が一番、というのはそうだ。
会話と商売だけで暮らしているプレイヤーもいるなら、そんな機能使わんよな…というのも、そう。
そうじゃない理由は何だと言われると即座に想像はできないので、反論はない。
抑圧しすぎとか、過剰反応だから好きにさせたれ…というのがこの世界の本田さんなりの線引きだけど。
「その中で、注意…いえ警告したとたん、うちの新人に切りかかってきた初心者がいて、強制的に捕縛したのですが」
「しちゃったか」
いや、ちょっと待て。
「殴りかかれる、ってのは、自警団ってその設定解除してるってこと?」
「PKを目撃した時にPKKとして機能するためですから、普通に全員解除しているはずですよ」
「ああ……」
PKK。
殺人を目撃して止めるためなら犯人に一度発砲するよ、生死は問わないよ…というわけだ、ここの方針。
やっぱ好きではない。
「そしてすぐ、同じギルドから抗議があり、話を聞くためにそのギルドを訪ねたのですが…」
「戦闘になった?」
「いえ、それはないです、こっちの装備を見たら数人程度では負けないものは派遣していたはずですからね」
「自慢げだぁ」
引いてるってわかるかな。
「見たのは…」
「見たのは?」
もったいぶるなあ。
「入って、見てみてくださいユメージさん」
「…はぁ…」
そんな呼び方初めてだ。
とにかく、私が何かしらしないといけない場所についたということなのか。
ドアを何気なく開いてはいる。
と。
ギルド名 牧場経営
30名ほどの拡張した中級クラスのギルド。
一人を除いて、ほぼ初心者。
元々は、本当に牛などを飼う生産ギルドだったのかもしれない。
それだろうが、私が見たのは…。
初心者の群れ。
それらが談笑しているさまと、囲んでいる自警団たち。
初心者に目を向けると、初心者にしてはギルド方針なのか、いい称号を横にくっつけている。
…そう、高難易度ダンジョンのクリア称号を、どいつもこいつも。
「みんなのポーション回収したら、またギルマスのとこ行ってノルマやらなきゃいけないんだから大変なんだよこっちも」
「なんでみんなしてることで説教されてんのかわかんねえよなぁ」
「ここ? 別に居心地いいけど」
「草刈りのノルマこなせばまたダンジョン行けるし楽しいと思うけどなぁ」
口々に、別に普通のことを言っているように見える。
しかし、私はちょっと、青ざめていた。
来る途中に、ギトギトくんに、例の危険ログがわかる表示にできる設定を聞いたのもそれを後押しする。
みんな、だいたいがPKをした経験があるようだ。
しかもほぼ、初心者に対して。
同じギルドに対して。
そういう、内部でのフレンドリーファイアを回避する設定も彼らは解いている。
ちょっとした話を聞き。
自分の経験をかいつまみながら。
その私の仮説こうだ。
彼らは誘われてギルド内でPKをしている。
義務なのか常にやってる遊びなのか、仲間内の力比べのようにPKをしている。
初心者なので彼らは初心者ボーナスのポーションを毎日運んでくる。
それらを繰り返し、集めたものをギルマスに上納。
かわりにたまに、ギルマスは初心者で行けないダンジョンに連れていき称号をつけてやる。
それの頻度が高いなら遊びでみんな楽しめるだろうが、ノルマの消耗品回収というものが多くあるなら、そこも競争か一度だけだろうか。
そう思うと、牧場経営というこのギルド名が、その目的で作られた悪趣味なものに、急に見えてくる。
飼っているのは…初心者だ。
ログインポーションを採取していく、初心者の牧場だ。
彼らはそれに満足し、さらにノルマでアイテムを集めて上納している。
怖い…とても怖い。
だが、一人に、どうしても聞かなくてはいけなくて声をかける。
「…みんな…ポーション、ログインでもらってるの、使ってる?」
「いや? ギルドに入る条件だったからみんなで集めて集めきったのをギルマスに渡すよ?」
奥歯ががたがた言い出す。
全く想像通りのことがやっぱり起こってる。
そして。
それは、ほぼ同じことを経験したから深く理解できる。
みんなは、『私』だ。
私も、あのパーティから追放されなければ、称号に喜んで。
誰かに連れてっていってもらえるその記憶だけに満足して。
喜んでアイテム狩りに専念しただろう。
今やってる自発的なレア狩りが実際そうだ。
義理堅すぎる考えがよくないとミカさんに言われてた気がする。
疑問もなく、私はこの輪の中にいたら満足していたに違いない。
追放がなければこうだった、そう、『私』たちが視界にいる。
誰の声も耳に入らなかった。
たぶん、それを知って私を事情を知ってる人として紹介したのはオージンさん、ルシテアさん、ミカさんの誰かだろう。
悪く思う気はないが、ショックは隠せない。
満足しているのならそれで開放したらいい。
が、私は当事者のような感覚で、逃げられなかった。
言いたかった。
「…あの…みんな…ここ、出よう?」
急すぎて、『私』たちだって、そんな変化は望んでないだろう。
でも、言いたかった。
「ダンジョン何回か行ったお礼なんて…ポーション一日分で返せてるよ、自分たちで遊びに行っても楽しいよ…きっと…」
自分の称号も表示させて、同じ環境でも私みたいなやり方があるよと、言いたかった。
私は鎖を無理やり切られただけだけど。
これは、牛に着けられた標識タグだ。
きらびやかに外から見えるかもしれないが、牧場に義理立てして心で離れなくする牛の耳のタグだ。
言いたかった。
どこでも行って、いろんな敵を見て、NPCやそこらのPCと話して。
それだけでも楽しいから、ここを捨ててほしいと。
楽しむやり方をもっと広げてほしいと言いたかった。
そういうこともできるよと言いたかった。
でも、私は始めたばかりでからっぽで。
からっぽだから、伝えたいこともうまく表現すらできなくて。
『私』たちは、そんなのオマエの言うことではないと、それは当然な反論と暴言を口々に返してくる。
それでいいし、それは正しいと思った。
でも、言いたくて我慢できなかった。
みんなとそんな鎖もない状態で遊んで、自分をルールで制限しない遊びがしたいと言いたかった。
………ごめん。
ごめんよ。
私は、『私』たちのひとりにも、言葉を届けられなかったよ。




