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第97話 影写りの粉と故郷の記憶

ルカは震える手で影写りの粉を取り出した。佐助が残したそれは、微かに青い光を放つ。


「この粉が…写し世の光を結ぶの?」


彼女が手に持つと、粉が光の糸となり、チヨの姿を鮮明にする。触れた指先から、懐かしい感覚が全身に広がる。幼い頃にチヨに手を引かれて歩いた記憶、共に笑った日々の鮮明な感覚。父の肩車で祭りを見た夜、母の手ほどきで初めて写真を撮った朝。


「どうして…あなたがここに?」


「あなたの写祓が、わたしを呼び出したのよ」


チヨの姿が微笑んだ。その笑顔に、ルカの目から涙があふれた。背後では、八枚の鏡が共鳴するように輝き、互いの光が複雑な模様を描いている。


「夕霧村の記憶が、お前を呼んでいるわ」


ルカは混乱した表情で周囲を見回した。チクワが彼女の足元で鳴き、光の糸に触れ、金色のオーラを放った。


「夕霧村…あの村のことなの?」


「そう」チヨの姿が頷いた。「十年前、狐神の暴走を封じるとき、村の記憶も封印の一部とした。村人たちは自分が誰なのか、どこから来たのかを忘れた。公的記録からも消され、その存在は霧の中に消えていった」


ルカの脳裏に、霧に包まれた小さな村の断片的な映像が浮かぶ。村の井戸、古い神社、そして混乱する村人たち。彼女は深呼吸して問いかけた。


「私が行くべき場所…それが夕霧村なの?」


「ああ」クロミカゲが一歩前に出た。彼の体からも青白い光が放たれている。


「封印の代償として、村の集合的記憶が犠牲になった。残りの欠片—心、霊、封印の欠片は、村に眠っている」


「けれど…」ルカが眉を寄せた。「その村へ行くことで、私の失った記憶はどうなるの?それがさらに薄れていくリスクは?」


「その危険は常にある」チヨの姿が真剣な面持ちで言った。「巫女の道を進めば進むほど、現世の記憶は薄れやすくなる。だからこそ、あなたを現世に繋ぎとめる錨が必要なの」


クロミカゲが頷いた。「蓮の存在が、お前を現世に繋ぎとめる役割を果たすだろう。彼の記憶と科学的視点が、お前が完全に写し世に引き込まれることを防ぐ」


「蓮さんが…?」ルカはその言葉に少し驚きながらも、どこか納得していた。蓮の祖父は記憶の研究者だったという。彼もまた、写し世と現世を繋ぐ存在なのかもしれない。「彼の祖父も特別な人だったのね」


「そう」チヨの姿が答えた。「風見家の人々は代々、現世の科学で写し世を理解しようとしてきた。蓮の祖父は特に優れた観察者で、写し世の気配を科学の言葉で記録しようとした。その血を引く蓮は、あなたにとって重要な存在になるわ」


ルカは依然として混乱していた。目の前にいるのは姉なのか、それとも単なる記憶の残影なのか。そして、鏡の中に映る両親の姿は…実際に彼らも具現化できるのだろうか。


「混乱しているのね」


チヨの姿が優しく微笑んだ。その周りに虹色のオーラが広がり、現像室の壁に色鮮やかな光の模様を投げかける。


「説明するわ。クロミカゲはチヨとクロが一つになった存在。狐神の力の器として生まれ変わったの。一方、わたしは純粋な記憶。あなたの中に生き続けてきた、チヨの記憶そのもの」


「つまり…二人のチヨが?」


「そうではない」クロミカゲが言った。彼の声は再び落ち着きを取り戻し、チヨの声との調和が感じられた。


「二つの側面だ。わたしは『力』としてのチヨ。こちらは『記憶』としてのチヨ」


ルカはようやく理解し始めた。写し世と現世の狭間に、さまざまな形で存在が継続する。それが「夢写し」の真髄なのだろう。「すべては記憶の波紋のように繋がっている」と蓮の祖父の言葉が思い起こされた。


「だけど、なぜ今…」


「あなたがこれから始める旅のために」


チヨの姿が言った。光の粒子が彼女の周りで舞い、その言葉に呼応するように明滅する。


「記憶をすべて失った村を探すのね? その旅には、『記憶』と『力』の両方が必要よ」


クロミカゲが頷いた。

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