表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/119

第96話 現像室の目覚め

壁の鏡が淡く輝き始め、八枚それぞれが異なる光景を映し出した。それぞれが、ルカのさまざまな記憶の一片を映している。父がカメラを教える姿、母が笑顔で写真を見せる光景、チヨと駆け回った夏の日。そして両親の葬儀の日の暗い記憶も。耳を澄ますと、鏡の奥から時間の軋む音が響き、写し世の気配が強まる。空気は重く、部屋全体が息をするように膨張と収縮を繰り返しているようだった。


「チヨの時計が…私の感情を呼び覚ます」


ルカは胸ポケットの懐中時計を握りしめた。針は七時四十三分。封印の瞬間からわずかに動き始めたそれは、彼女の記憶の回復を告げていた。だが、心の奥ではまだ恐れが蠢く—チヨを忘れた10年間の孤独な夜、写真館で一人涙した記憶。光と影のバランスが鏡面に映り込み、彼女の記憶の断片が浮かんでは消えていく。


「ここは時の狭間の入口だ」


クロミカゲの声が風のように響いた。彼の姿は見えないが、壁に映る九つの尾の影が揺らめく。右目の青い紋様と左目の金色が交互に輝き、二つの意識の間を行き来しているのが感じられた。


「写し世の記憶が、お前の巫女の力を呼び起こしている」


「何が…」


鏡の一つが大きく輝き、その表面が波打ち始めた。まるで液体のような揺らめきの後、表面から何かが現れ始めた。それは霧のような、光のような存在。形を変え、次第に人の形になっていく。光は青から白へ、そして虹色へと変化し、明確な形を結んでいった。


「チヨ…?」


現れたのはチヨの姿だった。純粋な白い光で形作られたその姿は、封印される前のチヨそのものだった。白い小袖と赤い袴、優しい笑顔。父の面影を感じさせる穏やかな目元と、母譲りの凛とした立ち姿。しかし、それはクロミカゲとは別の存在として立っている。


「姉さん…本当にあなたなの?」


「わたしはあなたの心の中の記憶よ」


チヨの声は、母の子守唄のように温かい。その声色には、ルカが子供の頃に聞いた安心感と強さが混ざり合っていた。


「お前の写祓が、時の狭間の扉を開いた。すべての写祓には『結晶化』と『具現化』の二段階がある。結晶化は記憶を写真に定着させ、具現化はその記憶に形を与える。あなたの感情の解放が、具現化を可能にしたのよ。


クロミカゲが驚いて後ずさり、右目の紋様が強く瞬いた。彼の姿が揺らぎ、一瞬チヨとクロの二つの姿が重なって見えた。


「これは…錯覚か」


クロミカゲも困惑した様子で光の姿を見つめた。声が震え、二重音が強くなっている。時間の軋む音が室内に響き、空間そのものが波打っているかのようだった。


「いいえ、違うわ」


チヨの姿が口を開いた。その声は確かにチヨのものだった。母が子守唄を歌っていた時のような、心に染み入る優しい響き。現像室の空気が振動し、壁に写真が揺れるほどの存在感がある。


「わたしは記憶よ、ルカ。あなたの心の中にある、わたしの記憶」


「混乱しているようね、クロミカゲ」チヨの姿が彼に向き直った。「わたしは、ルカの中に残っていた私の記憶が形となったもの。あなたの中のチヨの意識とは別の存在。ルカの巫女の力が私を呼び出し、現像室の魔方陣が私に一時的な形を与えたの」


クロミカゲはゆっくりと頷いた。「理解した。お前は記憶の結晶化…写し世に閉じ込められた記憶の一部が解放されたものなのだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ