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第95話 朝食の会話

現像室を出て、彼らは写真館の客間に向かった。そこには静江が座り、お茶を飲んでいた。チクワをそばに置き、猫の額を優しく撫でている。


「すべて思い出したようだね」


老婆は静かにルカを見つめた。その目には知恵と経験が宿り、どこか優しさと厳しさが混在している—母の眼差しに似ていた。


「ええ。そして、これから何をすべきかも分かったわ」


「そうか。では、お前たちの旅は続くのだな」


静江は茶碗を置き、「欠片の旅はまだ続く」と静かに告げた。彼女の言葉に、ルカの心が高鳴った。


「はい。でも今度は、何かを取り戻すためではなく、何かを見つけるための旅です」


ルカの眼差しに強い決意が宿っていた。もう迷いはない。扉の開封で見た風景、彼女が失った記憶と引き換えに得たもの—それは希望だった。


「明日の朝、出発しましょう」


彼女は窓の外を見た。午後の陽光が町を明るく照らしている。かつてないほど世界が鮮明に見える気がした。色彩が豊かになり、音も匂いも触感も、すべてが鮮やかに感じられる。遠くから小鳥のさえずりが聞こえ、風に乗って花の香りが漂ってくる。


「新たな旅が、私たちを待っている」


夕暮れが近づき、写真館の窓から赤い光が差し込んでいた。ルカは新しい旅の準備をしながら、自分の中に湧き上がる感情の強さに驚いていた。恐れ、期待、そして決意。かつては抑え込んでいたそれらの感情が、今は彼女の中で共存している。それは嵐のような感情の爆発ではなく、穏やかな波のように彼女の心の中を流れていた。


チクワが彼女の足元で丸くなり、穏やかに眠っていた。ルカはそっと猫の頭を撫で、柔らかい毛並みの感触を味わった。金色の瞳が一瞬開き、魂写機の写真を守るように前足を置いた。今まで気づかなかった小さな幸せに、彼女の目に涙が浮かぶ。


「感情を抑えなくていいんだよ」


チヨの言葉が、今や彼女自身の信念となっていた。その言葉を思い出すたびに、胸が温かくなる。それは父と母が常に彼女に伝えようとしていたことでもあった。


窓際に立ち、ルカはクロミカゲの姿を見た。半透明の彼らは夕陽に照らされ、幻想的な輝きを放っていた。月のない夜でも、彼らの姿はわずかに光を帯びている。時折、クロミカゲの影が壁に映り、九つの尾を持つ狐の姿になって揺らめいていた。


「準備はいいか?」クロミカゲが尋ねた。


「ええ。明日への準備は整ったわ」


「新しい旅だ。今度は失われた村を探す。心、霊、封印の欠片は失われた村に眠っている」


ルカは頷いた。今度は強い覚悟を持って旅に出る。かつてのように受け身ではなく、自ら真実を求めて歩み出す旅だ。耳元では、父のカメラのシャッター音が懐かしく響いた—カシャリ。


「私は影写りの巫女の継承者なのかしら」ルカは自分の力の源について考え込んだ。「チヨの記憶を取り戻したけれど、私の力はまだ何も証明していない。本当の巫女として活動できるのか…」


その疑問は彼女の心に静かに宿り、次の旅での試練への準備となった。


客間では風見蓮が地図を広げ、旅の計画を立てていた。彼の熱心な様子を見て、ルカは心強さを感じた。


「蓮さんも一緒に来てくれるなんて、本当にありがたいわ」


「僕の喜びです。祖父の記録を完成させる機会でもありますから」


蓮は少し照れくさそうに微笑み、眼鏡を直した。その手つきは真っ直ぐで誠実さに溢れ、ルカには父が地図を広げていた姿と重なって見えた。


「僕の科学的な視点と記録が、写し世の謎を解明する助けになれば」と蓮が付け加えた。「祖父は言っていました。『科学と神秘は、本来は対立するものではない。互いを照らし出すものだ』と」


静江は彼らを見守りながら、静かにお茶を飲んでいた。


「もう迷いはないようだね」と彼女は言った。


「ええ。もう迷わない。過去に縛られず、未来を見つめて歩いていくわ。他者の記憶を癒すための巫女として」


ルカは沈みゆく太陽を見つめた。明日から始まる新たな旅に向けて、彼女の心は静かな決意に満ちていた。時間の軋む音が静かになり、代わりに遠くから鐘の音が聞こえてくるようだった—新しい始まりを告げる音色。


「姉さん…私、もう逃げないから」


そして彼女は、初めて長い間、心から笑顔を浮かべた。その笑顔には、かつてのチヨの面影が宿っていた。感情を抑えることなく、素直に表現できる自分を、もう恐れる必要はないのだと感じた。「記憶を守ることも、変えることも、どちらも大切」というクロミカゲの言葉が心に響く。


夕陽は徐々に沈み、新しい日の幕開けを予感させていた。明日は、また新たな一歩を踏み出す日。ルカは深呼吸し、その瞬間を静かに味わった。新たな旅の先に、失われた欠片と、そして自分自身の新たな姿が待っている。

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