第83話 欠片の配置
静江はルカに言った。
ルカは五つの欠片を手に持った。それぞれが彼女の手の中で鼓動するように脈打っていた。
「どの鏡がどの欠片に…」
「感じるはずだ」
静江の言葉通り、欠片たちが反応し始めた。それぞれが微かに振動し、特定の鏡に向かって引かれるのを感じる。ルカは欠片の導きに従い、それぞれを鏡の前に置いていった。父の日記に記された写祓の技術が彼女の手を導くように、動作に迷いはない。
声の欠片を置くと、耳元でチヨの声が囁いた。「忘れないで」
願いの欠片を置くと、心の奥で誰かの祈りが響いた。「戻りたい」
時の欠片を置くと、ルカの周りで時間が歪み、一瞬彼女の姿が幼い頃の姿に戻った。父と母が彼女の両側に立ち、やさしく肩に手を置いている幻影が見えた。過去の時間の残響がルカの体を通り抜け、古い記憶が鮮明に甦る感覚に彼女は震えた。
光の欠片を置くと、欠片が青い光を放ち、魂写機を通して見たような七色の光に変わる。部屋全体がその光に包まれ、鏡の中に多くの顔が浮かび上がった。村人たちの顔、そして両親の笑顔。光の欠片が鏡に定着する力をルカは感じた—魂写機を手にしたとき、「チヨの写祓の技術が私の手を導く」感覚があった。
最後に影の欠片を置くと、壁に無数の影が現れ、踊るように動き始めた。中央には九つの尾を持つ狐の影がはっきりと映し出されていた。
しかし、欠片を置いていく過程で、ルカは微かな恐怖を感じていた。これほどまでに記憶の波紋に触れると、自分自身が失われてしまうのではないかという不安。姉を取り戻すことは、自分が何か大切なものを失うことを意味するのかもしれない—彼女の内側で、そんな予感が膨らんでいった。
五つの欠片が鏡の前に配置されると、それぞれが強く輝き始めた。その光が鏡に反射し、さらに強い光となって部屋中に広がる。そして、チヨの囁き声—「ルカ、選んで」—が空間に反響した。同時に、部屋の隅の彫像が囁く—「時の狭間の力を受け入れよ」
「残りの四つの欠片は?」
「それは既にここにある」
静江は床を指さした。よく見ると、残りの四つの位置にも何かが埋め込まれていた。「心の欠片」「形の欠片」「霊の欠片」そして「封印の欠片」。それぞれの文字が床に刻まれ、中央へと続く線で繋がっていた。
「封印の時から、ここにあったのだ。チヨが封印時に奥宮に預けた。ただ、あるいは封印の影響で村の記憶に宿った可能性もある」
静江が補足する。「それぞれが記憶の再構築、存在の安定、魂の調和、封印の再構築に必要だ」
全ての欠片が配置されると、鏡が一斉に輝き始めた。それぞれが異なる色の光を放ち、中央の台に反射して複雑な光の幾何学模様を作り出す。模様は宙に浮かび、ゆっくりと回転し始めた。奥宮全体が揺らぎ、写し世との境界が一瞬だけ消えたような感覚があった。
「始まるぞ」
クロが言った。彼は狐の面に手をかけ、ゆっくりと外した。その瞬間、部屋の光が強まり、壁の影がより鮮明になった。蓮は息を呑み、静江も一瞬目を見開いた。
面の下には、若い男性の顔。だが、その右目には奇妙な円形の紋様があり、左半分の顔は表情が変わらなかった。まるで仮面のようだ。彼の半身が人間で、半身が別の何かであるかのような不思議な印象だった。そして鏡に映ったクロの姿は、完全に九つの尾を持つ狐の姿になっていた。




