第8話 現像室の共鳴
河内が去った後、ルカは書斎の窓から彼の後ろ姿を見送った。霧の中に消えていく背中が、何かを思い出させる。彼女は眉をひそめ、その感覚を振り払った。
「現像室へ行こう」
ルカは廊下を進み、現像室へと向かった。チクワがその後を静かについていく。猫の足音も、この写真館では特別な響きを持っているようだった。
「これは間違いない。写し世の痕跡だね、チクワ」
土蔵を改造した円形の現像室。「くらやみ」と呼ばれるこの空間に足を踏み入れると、空気が変わった。より重く、より濃密に。色彩も変わる—白い袖が灰色に、チクワの毛が青みがかって見える。歴代の写真が壁に並び、八つの鏡が月光を反射している。それぞれの鏡には、僅かに異なる現像室の姿が映っていた。
同時に、遠い記憶のような声々が耳に届く。「ちゃんと現像液を測って」「もう少し明るく撮りたいね」写し世の記憶が、音となって空間に滲む。姉の柔らかな笑い声も、どこか遠くから聞こえるようだった。——姉?ルカは立ち止まり、自分の思考に混乱した。姉などいないはずなのに。
チクワが現像室に入るなり、毛を逆立て、低く唸り始めた。猫は壁の一つの鏡に向かって背を丸め、尻尾を振るわせている。その金色の瞳に青い光が宿り、まるで何かの気配を感じ取ったかのように、鏡に向かって前足を伸ばした。その鏡には、他の鏡とは違う光景—川辺で遊ぶ子どもたちの姿が薄く映り込んでいた。
「どうしたの、チクワ?」
ルカは猫の視線を追ったが、鏡に映るのは暗い現像室の風景だけだった。しかし、猫の異常な反応は彼女の緊張を高めた。何かが起ころうとしている。何かが呼び覚まされようとしている。写し世の存在が強まれば強まるほど、彼女自身の記憶が危険にさらされる。ルカは深呼吸し、心を落ち着かせた。