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第77話 ルカの代償

ルカが手を伸ばすと、欠片が彼女に向かって動き始めた。指が触れる前に、欠片は自ら彼女の掌に飛び込んだ。冷たくて重い感触。まるで液体のような、だが同時に固体でもあるような不思議な感覚だった。


その瞬間、強烈なビジョンが彼女を襲った。崩落する工事現場、逃げ惑う労働者たち、そして鉄川の絶望的な叫び声。次の瞬間、場面は変わり、霧に包まれた小さな村が見えた。村人たちが混乱して互いに名前を尋ね合い、自分が誰なのかを思い出せない様子。古い井戸のある広場で泣き叫ぶ子供たち、空虚な目で虚空を見つめる老人たち。そして最後に、チヨが封印の儀式を行う姿。彼女の周りには九つの光が輝き、その一つが今、ルカの手の中にあった。それぞれの光から「心は絆を、形は存在を、霊は魂を、封印は均衡を司る」という囁きが聞こえた。


「あなたは…代償を払う覚悟があるのか」


ビジョンの中でチヨが彼女に問いかけた。ルカは答えようとしたが、言葉が出なかった。チヨの目には深い悲しみと、同時に強い決意が宿っていた。


ビジョンが消え、彼女は再び柱の上に立っていた。手には欠片が握られている。


「降りてこい」


鉄川の声に促され、ルカは階段を降り始めた。一度は脆く見えた影の階段は、今や彼女の足をしっかりと支えていた。地上に降り立つと、蓮が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか? 何か見えましたか?」


「ええ…影の欠片を手に入れたわ」


ルカは掌を開き、欠片を見せた。蓮は好奇心に満ちた眼差しでそれを見つめている。測定器を欠片に向けると、数値が急激に上昇した。


「信じられない…これが、影の欠片。記憶の負の側面を保存する結晶体…」


彼はノートに急いで何かを書き込み始めた。「祖父の理論が正しかった…『影は光の記憶』という概念が実証されました」


鉄川の影が彼らに近づいてきた。


「これで五つ目だな。お前の持つ欠片は全部で何個だ?」


「五つです。声、願い、時、光、そして今、影」


「本来は九つあるはずだが…その五つで十分だろう。残りは既に決まった場所にある」


「どういう意味ですか?」


「残りの欠片—心、形、霊、封印は、影向稲荷の奥宮にある。しかし、それらは彼女自身が取りに行かねばならない。ただ、封印の影響で村の記憶に宿った可能性もある」


「彼女?」


「お前の姉だ。チヨが」


その言葉に、ルカは息を呑んだ。チヨ自身が取りに行く? それはどういう意味なのだろう。チヨは今、封印されているはずなのに。


「でも、姉さんは…」


「そのことについては、手紙が教えてくれるだろう」


鉄川はルカの胸ポケットを指さした。そこには、静江から渡された封筒が入っていた。


「三つの欠片を集めたら開けなさい」と言われていた封筒。今や、ルカは五つの欠片を持っている。開封の条件は満たされているのだ。チヨの手紙には封印の鍵が記されており、影の欠片を手に入れた今、ルカが真実を知る準備ができたのだ。


「そろそろだな」


鉄川の影が薄くなり始めた。彼の姿が徐々に壁に溶け込んでいく。


「私の役目はここまでだ。欠片は受け継がれた。あとは、お前自身が決めることだ」


「鉄川さん!」


ルカは慌てて呼びかけたが、彼の姿はますます薄くなっていた。


「最後に一つ忠告を。影の欠片は封印の鍵の一部だが、真の鍵は他にある。影の欠片を使う前に、手紙を読め。そして…」


彼の声が消えかけていた。


「…選択を誤るな。すべての記憶には、守るべき価値がある」


鉄川の姿は完全に消え、壁には普通の影だけが残った。地下広場に、再び静寂が訪れる。

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