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第76話 影写りの粉

「欠片を使えば、影写りの粉も必要になる」


鉄川が言った。「それは持っているか?」


ルカは頷き、ポケットから小さな布包みを取り出した。佐助から受け取った青い粉だ。彼女が手に持つと、粉が微かに青く光り、空間の影が反応して揺らめいた。


「はい。これが…影写りの粉です」


「見せてみろ」


彼女が粉を掲げると、鉄川の影が近づいてきた。その目がじっと粉を見つめる。


「なるほど…これが影を結ぶ力を持つのか」


「影を結ぶ?」


「ああ。影写りの粉は写し世の光を結ぶ道具だ。欠片を使うとき、この粉があれば、記憶の断片をより明確に見ることができる」


ルカは粉を見つめ、祖父の書物を思い出した。「影写りの粉が記憶を具現化させた逸話」が古い巻物に記されていたことを父から聞かされていた。なんとなく佐助からもらったものだと思っていたが、こんな重要な役割があったとは。ただし、佐助の警告も思い出した—「多用すれば術者の精神を蝕む」と。力にはいつも代償がつきまとうのだ。


「欠片を受け取る準備はできたか?」


鉄川の問いに、ルカは深く息を吸い込んだ。


「覚悟はできています」


「影の欠片を取るには、過去の影と向き合わねばならない」


鉄川は壁に映る影を指し示した。


「柱の上にあるのが欠片だ。それを取るには、影の階段を使え」


その言葉の意味が分からず、ルカは首を傾げた。影の階段?


「まず、写し世の光を強める必要がある」


鉄川は広場の中央を指さした。


「あそこで、写し世の光を呼び寄せよ」


ルカは広場の中央に進み、懐中電灯を地面に置いた。光が円を描くように広がる。


「影写りの粉を撒け」


彼女は粉を掌に取り、空中に撒いた。粉は青く光りながら、光の円の上に舞い降りた。すると奇妙なことが起きた。粉の一粒一粒が青い光を放ち、それぞれが小さな星のように輝き始めたのだ。粉が光の糸を織り始め、空中に幾何学的な模様を描いていく。


「素晴らしい…」蓮が息を呑んだ。彼のノートを見ると、文字は消えなくなり、むしろより鮮明になっていた。粉の力が記憶の消失を防いでいるのだろうか。


「これは…祖父が探し求めていた『記憶の結晶化』かもしれない」蓮は興奮を抑えきれない様子で言った。「粉の力が時の狭間の効果を相殺している…つまり、写し世と現世の境界を安定化させているんです」


鉄川の影が動き、広場の壁沿いに移動した。


「さあ、壁を見よ」


三人が壁を見ると、そこには奇妙な階段状の影が浮かび上がっていた。それは実体のない、純粋な影だけで構成された階段だった。


「あれに…登るの?」


「ああ。だが注意しろ。影の階段は不安定だ。強い意志を持たなければ、落ちてしまう」


ルカは階段を見上げた。それは柱の頂上近くまで伸びていた。不安が彼女の心を満たす。影だけで出来た階段に、どうやって乗れというのだろう。


「恐れるな」


クロが彼女の背後から声をかけた。


「お前は夢写師だ。写し世と繋がる力を持っている」


彼の右目の紋様が鮮やかに輝き、言葉には不思議な説得力があった。クロもまた、夢写師の力を信じているのだと、ルカは感じた。彼の面の下から、微かに女性的な声が重なって聞こえた。「ルカ、あなたならできる」—チヨの声だろうか。


ルカは深呼吸をし、決意を固めた。魂写機を肩にかけ、彼女は影の階段に近づいた。手を伸ばすと、影が実体を持ったように感じられた。触れることができるのだ。彼女は慎重に一歩を踏み出した。足が沈み込むような感覚があったが、階段は彼女の重さを支えた。


「行ける…」


一段、また一段と、彼女は階段を登り始めた。地面から離れるにつれ、不安が強まる。下を見ると、蓮とクロが彼女を見守っていた。蓮の表情には心配と興奮が入り混じり、クロは面の下で何かを抑え込むように拳を握りしめていた。


蓮は装置を影の階段に向け、数値を確認していた。「信じられない…固体化した影の波動です。祖父の理論『光と影の逆転現象』が実証されています!」


階段を登るにつれ、奇妙な感覚が彼女を包み込んだ。まるで過去の記憶の中を歩いているかのように、断片的な映像が視界の端に浮かんでは消える。工事現場で働く人々、崩落事故の瞬間、そして…チヨの姿。


「姉さん…?」


一瞬だけ、チヨが彼女に向かって手を伸ばしている幻影が見えた。それは実体のないものだったが、彼女の心を強く揺さぶった。チヨの声が微かに聞こえた気がした。「そのまま前へ…ルカ」


階段の途中で、ルカは立ち止まった。下から見上げると、柱の頂上にはほど近い。残りはあと数段。だが、その先の影の階段が薄くなっている。あまりにも薄く、彼女の重さを支えられるか分からない。


「どうした?」


下から鉄川の声が聞こえた。


「先が…薄すぎる」


「恐れを捨てろ。影は意志の強さに反応する」


ルカは深呼吸をした。チヨを救うという意志を強く心に抱き、また一歩を踏み出す。彼女の決意に応えるように、影の階段がより濃くなり、しっかりとした手応えを返してくれた。


最後の一段を登りきると、ルカは柱の頂上に立っていた。そこには青い光を放つ小さな結晶—影の欠片が浮かんでいた。他の欠片と同様に、それは内側から光を放っていた。だがその光は純粋なものではなく、中に黒い影のような物質が渦巻いていた。


「見つけた…」

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