第71話 地下鉄建設跡へ
「今日は地下鉄建設跡に行くつもりよ」
話題を変えるように彼女は言った。
「最後の欠片を探しに」
「『影の欠片』ですね」
蓮はすぐに話題に乗った。彼の科学者としての好奇心が、再び前面に出てきた。
「ジョセフさんによれば、地下鉄建設跡は久遠木の外れにあるそうです。昭和初期に計画され、中断された地下鉄工事の現場」
彼はノートを開き、詳細な地図を広げた。そこには赤い線で地下鉄の計画路線が描かれ、特定のポイントには数式と波形のグラフが書き込まれていた。
「祖父の記録によると、この場所は『記憶の沈殿層』と呼ばれる特殊な地層の上に位置しています。地下空間では記憶の波動が反転し、影が光に、光が影に変わる現象が起きるそうです」
「詳しいのね」
「彼の地図をコピーさせてもらいました。それに、祖父のノートにも同じ場所が記されていました。『時間の逆行点』という印と共に」
蓮はノートから折りたたまれた紙を取り出した。そこには久遠木近郊の地図と、地下鉄計画の路線図が描かれていた。風見柊介の筆跡で、様々な計算式と観測データが書き込まれている。
「この辺りに入口があるはずです」
彼は地図上の一点を指さした。久遠木の東、かつての工場地帯の近くだ。
「行きましょう」
三人は写真館を出る準備を始めた。ルカは魂写機と乾板を用意し、湿板コロジオンも念のために持った。その手に馴染む機材を握るたび、父の教えが甦る。「写真は記憶の結晶化だ。いつか、それを具現化できる日が来るかもしれない」—ルカは魂写機を手に、記憶を定着させるだけでなく、いつか実体化させる日が来るかもしれないと感じていた。しかし、そのためには自らの感情を解放する必要があると、どこかで理解していた。
チクワはいつになく落ち着かない様子で、ルカの足元をまとわりついていた。猫の白い部分が微かに青く光り、金色の瞳は何か見えない何かを追うように動いていた。背中の毛が逆立ち、時折低い唸り声を上げる。
「今日はここにいて」
ルカが猫の頭を撫でると、チクワは小さく鳴いた。反対するような声だった。
「大丈夫よ。すぐ戻るから」
チクワはなおも鳴き続け、ルカの手に頭をこすりつけた。まるで何かを伝えようとしているかのように、その瞳は不安げに揺れていた。やがて猫は諦めたように一度だけ鳴き、ルカの足元を離れた。しかし、その金色の瞳は最後まで三人を見送り続けた。猫の背中の毛が青く輝き、尾が九つに分かれたような錯覚を、ルカは一瞬見た気がした。
蓮が不思議そうに猫を見ていた。
「チクワさん、何か感じているんですか?」
「ええ…この子は写し世の気配に敏感なの」
蓮は小型の装置をチクワに向けた。「不思議です…通常の猫とは異なる波動が検出されます。まるでこの猫自体が写し世の使者のような…」
彼は装置を調整し、数値を確認した。「祖父のノートにも『守護獣』についての記述がありました。夢写師の家系に代々仕える特別な存在…」
ルカは最後にもう一度チクワを撫で、「待っててね」と言った。猫はまるで魂写機の写真を守るかのように、その方向にそっと視線を向けた。




