表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/119

第70話 祭りの翌日

影は光の裏返し。

存在の証明であり、忘却の象徴。

地下に潜むものは、地上が隠したくて捨てた記憶。


祭りの翌日、久遠木の町には奇妙な静けさが漂っていた。普段なら、影写りの祭りの後は活気に満ちた後片付けが行われるのだが、今日は違った。人々は小声で話し、時折不安げな視線を交わしている。昨夜の異変は、町全体に強い印象を残したようだ。


「みんな、あの光を見たのね」


ルカは写真館の窓から町を眺めながら呟いた。懐中時計を手のひらで転がしながら、昨夜の写真で見たチヨの笑顔を思い出す。姉が残した唯一の形見であるこの時計は、いつも彼女の胸ポケットに収まっていた。朝食のテーブルには三人が座っていた。風見蓮はノートに何かを書き留めている。彼は昨夜から、祭りの出来事について熱心にメモを取っていた。


「驚くべき現象でした」


蓮は筆記を止めず言った。手元には彼の祖父の『記憶波動計』が置かれ、針はまだ微かに振れている。


「あの光の正体は何だったんでしょう? 写し世の漏出? それとも…」


彼は懐中時計を開き、確認した。「祖父の理論では『記憶の共鳴臨界点』と呼ばれる現象です。空間に蓄積された感情と記憶が一気に解放される瞬間…ただ、それがここまで大規模になるとは」


「境界の揺らぎだ」


クロが静かに答えた。彼は朝からほとんど無言だったが、時折窓の外を警戒するように見ていた。右目の紋様は昨夜よりも落ち着き、青い光は微かになっていた。チクワは彼の足元を警戒するように歩き、時折低く唸った。猫の金色の瞳が鋭く光り、背中の白い毛が微かに青みを帯びている。


「祭りの光景は忘れる。必ず」


「なぜ?」


「それが秘匿の法則だ。写し世を見た者は、通常数日以内にその記憶を失う。保護のためにね」


クロの言葉は冷ややかだったが、その声には微かな疲労が滲んでいた。右手が時折震え、面の下からは女性的な吐息が漏れる。昨夜の儀式が彼の存在にも影響を与えたのだろうか。


蓮はペンを置き、真剣な表情でクロを見た。


「僕は…忘れたくありません。研究のために、すべてを記録しておきたい」


彼は小型の装置を取り出した。「これは祖父の発明です。『記憶定着装置』と呼ばれています。写し世の波動を固定化することで、記憶の消失を防ぐ可能性があると…ただ、まだ実験段階ですが」


クロは冷ややかに言った。


「無理だ。人間の脳は、自然の法則に従う」


「でも、あなたは…」


「私は人間ではない」


その言葉に、部屋に沈黙が落ちた。クロは自分の言葉に驚いたように、面を少し触った。一瞬、その下から苦悩の表情が覗いたような気がした。「チヨの封印の夜に俺が失敗した」と彼は小さく呟いた。ルカは二人の間に視線を走らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ