第7話 写祓の依頼
「いつから気になっていたんですか?」
彼女の声は冷静だが、どこか共感するような響きが混じっていた。自分もまた、何かを忘れている—そんな感覚が彼女の胸に灯る。窓の外で霧が淡く色を変え、青みを帯びて見えた。写し世の反応。ルカは意識して呼吸を整え、感情を抑制した。
「先週の夢で見たんです。叔父らしき人物が『忘れないでくれ』と...」
河内の声が震えた。そこには恐怖というより、深い喪失感が響いていた。
部屋の隅から、チクワが静かに歩み寄ってきた。黒と白のハチワレ猫は、河内の足元にすり寄り、ひいおじの存在を認めるかのように鳴いた。猫の金色の瞳が、ルカと河内の間を行き来し、やがて写真の空白部分に固定される。チクワは首を傾げ、何かを感じ取ったようにそっと爪を立てた。金色の瞳が月光に一瞬青く輝き、まるで記憶の欠落部分を見通しているようだった。
「写祓の依頼ですね」
ルカは立ち上がり、黒い木箱から古い懐中時計を取り出した。その動作には、彼女自身も気づいていない儀式めいた厳かさがあった。時計の針は常に七時四十二分を指していた。金属が微かに脈打つような感覚が手のひらに伝わる。その意味を、彼女はまだ知らない。
「この写真、三日間お預かりします。月が欠ける夜は、忘れられた記憶が浮かびやすい」
彼女は事務的に説明した。河内は安堵の表情を浮かべる。
「料金は...」
「完了してからでいいです。失敗したら頂きません」
ルカは淡々と答え、写真を入念に観察した。確かに不自然な空白。しかし単なる現像ミスとは違う。意図的に消された痕跡があった。空白部分の縁がぼやけ、まるで記憶そのものから削除されたかのようだ。この写祓には強い魂写機と湿板が必要だろう。だがそれは自らの記憶を代償に差し出すリスクも伴う。水面下で沸き起こる不安を、彼女は丁寧に心の奥へと押し込んだ。
「明後日、結果をお知らせします。それまでは...」
「わかりました。ありがとうございます」