表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/119

第63話 町の異変

久遠木に近づくにつれ、町が普段と違う雰囲気に包まれていることに気づいた。通りには色とりどりの提灯が飾られ、店先には祭りの装飾がされている。人々も忙しそうに準備をしていた。子供たちの笑い声と、祭りの太鼓の音が反響するように聞こえた。


空気には独特の香りが漂っていた。夏の熱気と、祭りの食べ物の匂い、そして神聖な儀式を前にした緊張感。それらが混ざり合い、町全体を特別な雰囲気で包んでいた。ところどころで、提灯の光が写し世の光と共鳴しているように見え、カラフルな影が揺らめいていた。


蓮は街並みを見ながら感嘆の声を上げた。


「すごいですね。あれはすべて今夜の祭りのためですか?」


彼は初めて見る祭りの準備に目を輝かせていた。科学者の視点と、人間としての素直な感動が混ざり合う表情だった。懐中時計を取り出し、何かの計測をしている。


「ええ、影写りの祭りは町全体の行事よ。写し世と現実の境界が最も薄れる夜に行われる儀式」


「写し世と現実の境界…」蓮は再びノートに何かを書き込んだ。「祖父の記録にもそんな表現がありました。『鏡のような夜』と」


彼は小さな測定器を取り出し、空気中の何かを測定した。「不思議です。この場所は明らかに大気中の粒子密度が異なります。いわゆる『霧粒子』の濃度が通常の3.4倍…これは祖父の予測値と一致します」


「あなたは科学で見えないものを理解しようとしているのね」ルカは優しく言った。


「はい、見えないからこそ」蓮は微笑んだ。「祖父が残した道標を辿りたいんです。彼は写し世の存在を科学的に証明しようとしていました。心霊現象や迷信ではなく、測定可能な現象として」


彼の純粋な探究心に、ルカは心を打たれた。蓮の視点は彼女にとって新鮮であり、写し世を別の角度から見る機会を与えてくれた。


三人はハシヅメ写真館に向かった。道中、多くの町民がルカに挨拶をし、今夜の祭りについての期待を口にした。彼女は写真館の娘として、またこの夜の撮影者として、町に欠かせない存在だったのだ。


「橋爪さん、今年もよろしくお願いします」


「写真、きれいに撮ってくださいね」


クロは終始無言で、時折右目を抑えるようなしぐさをしていた。右目の紋様の光は不規則に明滅し、彼の内面の葛藤を示しているようだった。月の力と祭りのエネルギーが、彼の中の何かを呼び覚ましつつあるようだった。


写真館に着くと、チクワが玄関で異様な緊張感を漂わせて彼らを迎えた。猫の白い部分が月明かりのように淡く光っているように見えた。その金色の瞳は青く輝き、時折見上げる空の方角—影向稲荷の方向—を警戒するように見つめていた。


「ただいま、チクワ」


ルカが猫を抱き上げると、チクワは喉を鳴らしながらも、落ち着かない様子で耳をピクピクと動かしていた。蓮の姿を見ると、警戒するような目つきになる。


「大丈夫、彼は味方よ」


ルカが言うと、チクワはじっと蓮を見つめた後、やや緊張を解いた。しかし、クロを見ると再び毛を逆立て、低く唸った。金色の瞳がクロの面を焼くように鋭く光り、その影が一瞬、九尾の狐の形に伸びた。まるでチクワの中に別の存在が潜んでいるかのようだった。


「写真館の猫さんですね」


蓮は優しく手を差し出した。チクワは初め距離を置いていたが、やがて少しずつ彼の手に近づき、慎重に匂いを嗅いだ。いくつかの匂いを識別するように、鼻が微かに震える。


「お、受け入れてくれましたね」蓮が微笑んだ。「私は動物好きなんです。祖父の観測小屋にもいつも猫がいました。彼女も金色の瞳をしていましたよ…不思議と写し世の境界に敏感だったようです」


「珍しいわ。チクワは初めての人には警戒的なのに」


「何か気になることでもあるんですか?」彼はチクワの落ち着かない様子を指して尋ねた。


「今夜は特別な夜。彼も感じているのね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ