第60話 真実との対峙
「真実との対峙だ」
その言葉に、教会全体が微かに震えたようだった。ステンドグラスからの光が一瞬強まり、床の光の模様が鮮明になる。遠く、教会の天井からは聖歌の残響音が流れ落ち、すべての音が一つに重なった。
「ステンドグラスの下に立ち、光を浴びると、人は自分自身の"隠したい真実"を見ることになる。それを受け入れられなければ、欠片は手に入らない」
ルカは緊張した。自分の隠したい真実とは、何だろう。彼女の中に、恐れが芽生えた。チヨへの罪悪感?両親への思い?あるいは...自分自身の感情を抑え込んできた理由?
ジョセフは彼女の不安を見透かしたように、優しく微笑んだ。
「恐れることはない。真実は時に痛みを伴うが、それを受け入れることで、人は成長する。光の欠片は、その過程を助けるのだ」
彼はルカの手を取り、静かに力を込めた。その手は年齢を感じさせるほど薄く乾いていたが、温かさと力強さがあった。
「さあ、準備ができたら、祭壇へ進みなさい」
ルカは深呼吸し、覚悟を決めた。クロと蓮の方を振り返る。クロは不安げに見えたが、頷いた。蓮は彼女を励ますように笑顔を見せた。
「大丈夫です。あなたなら...」彼の科学者らしい冷静さの中に、真摯な信頼の色が混じっていた。
蓮は彼女に小さな水晶のペンダントを手渡した。「祖父の形見です。『記憶の波動』を安定させると言っていました。今、あなたに力を貸してほしい」
その言葉に力づけられ、ルカは祭壇に向かって歩き始めた。床に落ちる光の模様が、彼女の歩みに合わせて形を変えるように見えた。心臓の鼓動が速くなり、耳に血の流れる音が聞こえる。
祭壇に立ったルカの上方には、巨大な薔薇のステンドグラスがあった。赤と金、青と緑の色彩が複雑に重なり、その中心には純粋な白い光が灯っていた。それが光の欠片に違いない。
彼女が見上げると、ステンドグラスからの光が強まり、彼女の体を包み込んだ。まるで別の空間に引き込まれるような感覚。周囲の音が遠ざかり、代わりに心臓の鼓動が大きく響く。
そして、光の中に映像が現れ始めた。
それはチヨと過ごした日々の断片。幼い頃、二人で遊んだ裏庭。チヨが笑いながらルカを追いかける。写真を撮る父と、見守る母。完全な幸福の瞬間。
しかし、映像は突然暗くなり、次に現れたのは別の光景だった。家族の不和。父と母の言い争い。暗い部屋で耳を塞ぐルカと、彼女を慰めるチヨ。
そして最も痛ましい記憶。チヨの変化。次第に遠くなる姉。写し世と会話し始め、家族から距離を置くようになった姉の姿。そして、その変化にただ黙って見ていた自分自身。
「姉さん、どうして...」
光の中で、ルカの声が響いた。それは記憶の中の言葉であり、同時に現在の思いでもあった。
「私、何もしなかった。何も...言わなかった」
真実が明らかになる。ルカが自分自身に隠していたもの—それは無力感だった。チヨの変化に気づきながら、何もできなかった自分自身への失望。そして、その後の自責の念から感情を抑え込むようになった事実。
「チヨを救えなかった...だから、感情を閉じ込めた...」
ルカの目から涙がこぼれ落ちた。光の中で、彼女の心に隠されていた思いが溢れ出す。
「姉さんが封印された後、私は自分も閉じ込めた。感じないように...」
光が強まり、暖かさが彼女を包み込む。それは非難でも裁きでもなく、ただの理解と受容の光だった。ルカは自分の真実と向き合い、受け入れ始めていた。
「でも、今は違う。記憶を取り戻す。姉さんを取り戻す。そして...自分自身も」
彼女の決意と共に、ステンドグラスの中心が開き始めた。そこから小さな結晶—光の欠片—が降りてきた。それは輝く青い石で、内部から虹色の光を放っていた。
ルカはその欠片を両手で受け止めた。欠片に触れた瞬間、体全体に暖かい波動が広がり、目の前の世界が一瞬だけ別の色で見えた。写し世の色彩。隠された真実の色。
そして、代償が訪れる。何かが失われていく感覚。記憶の糸が一本ずつ切れていく痛み。
「これは...何?」
彼女の脳裏に、一枚の古い写真のような映像が浮かんだ。それは彼女が知らない場所で、知らない人々との記憶だった。チヨと共に訪れた場所?両親との旅行?それとも全く別の記憶の欠片?
映像は薄れていき、やがて完全に消えた。「光の欠片の代償は"隠された真実の記憶"」—その代わりに、彼女は自分自身の心の真実と向き合う勇気を得たのだ。
光が弱まり、ルカは再び教会の中に立っていた。手には青く輝く欠片。クロ、蓮、ジョセフが彼女を見つめている。蓮の顔には科学者としての驚きと、人間としての感動が混ざっていた。彼は急いでノートに何かを書き留めながら、ルカを見守っていた。




