第54話 廃教会への旅
色が光を通すとき、祈りに似た影が生まれる。私は、写す者としてしか世界を信じられなかったけれど、信じることで見えるものも、あるのかもしれない。光は真実を照らし出す。だが、時に真実は目を焼くほどに眩しい。それでも、見なければならない。闇の中で手探りするよりは。
山小屋を出た朝、空はまだ靄がかかっていた。三人の足跡が露に濡れた草地に残る。空気は冷たく湿り、肌に触れると生きた存在のような感覚があった。ルカは胸ポケットを確かめた。三つの欠片と封筒が、ちゃんとそこにある。それぞれの欠片から波紋のように広がる喪失の感覚—両親との最後の会話、初恋の記憶、チヨの見た最期の夢。失われた記憶の痛みとともに、彼女の心に宿る希望。
胸ポケットに触れると、欠片たちが鼓動のように脈打ち、微かな温もりを感じた。父のカメラを握る手の感触と、母の遠い笑顔が記憶の片隅によみがえり、彼女の胸を締め付けた。ひとつひとつの代償を支払うたび、何かを失う痛みとともに、チヨに近づく喜びが彼女の中で混ざり合う。感情を抑えることで生きてきた彼女の心の中で、氷が少しずつ溶け始めているようだった。
「姉を救えなかった自分を許せない」—その思いが長い間、彼女の心を縛り付けてきた。だが今、欠片を通して垣間見た姉の姿とあの一瞬の温もりが、その鎖を少しずつ解き放っているように感じられた。
チクワは先を行き、時折振り返っては金色の瞳をルカに向けた。その毛並みが朝の光を受けて一瞬青く輝いた。猫の足跡は露の中に小さな星型の模様を描き、進んでは消え、また新たな模様を作っていく。霧の中での動きは気まぐれでありながら、どこか意図的でもあった。
「山中の廃教会までは、半日の道のりです」
風見蓮が地図を広げながら言った。朝日を受けて、彼の丸眼鏡が光る。その向こうの瞳には、昨日の霧の道を渡った興奮が残っている。彼はメモ帳を取り出し、昨日見た時の欠片の様子をスケッチしていた。鋭い線と繊細な影で描かれた図は、写し世の断片を捉えていた。




