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第51話 蓮の秘密

「祖父の最大の謎です。彼はこれを"時の結晶"と呼んでいました。"過去と未来を繋ぐもの"だと」


クロがルカに目配せした。欠片を見つけたのだ。だが、蓮がいる状況でどう取り出すか。ルカは困惑した表情をクロに向けた。相手を欺くことに慣れていないルカにとって、これは難しい状況だった。


「触れても大丈夫なの?」


「祖父は…特別な場合にだけ触れていたようです。何か儀式のような…」


蓮は言葉を選びながら続けた。彼の目に閃きが走り、表情が真剣になる。その瞳には鋭い観察力と、何かを悟ったような理解が宿っていた。


「あなたたち…普通の研究者ではないですね?」


ルカは驚いた。蓮の観察力は鋭い。さらに、彼は恐れるというより好奇心に満ちた眼差しを向けていた。その目には、同志を見つけたような喜びさえあった。


「何が言いたいの?」


「僕は小さい頃から、写し世のことを祖父から聞かされてきました。記憶の世界、境界の薄さ…そして、それに関わる人々のこと」


彼は真剣な表情でルカを見た。その目には純粋な好奇心と、何かを見いだした喜びがあった。


「あなたが次の夢写師か。橋爪の娘」


「あなたは…私の家系を?」


ルカの声が震えた。蓮が自分の正体を知っていたとは。それはどういうことなのか。クロの右目の紋様が激しく明滅し、彼も明らかに動揺していた。チクワは静かに座り、二人の会話を見守るように耳を立てていた。


「もちろんだ。私の祖父は五十年以上、この地にいる。影向稲荷の神主とも交流があったし、夢写師の存在も知っていた」


蓮の声には確信があった。その瞳は、科学者の冷静さと、神秘への畏敬を同時に湛えていた。


「チヨという名前…祖父のノートにもあります」蓮は興奮を抑えられないようだった。「"橋爪ルカ——封印の継承者"という記述と共に」


その言葉に、ルカは息を呑んだ。蓮の祖父は、自分のことを知っていた。そして「封印の継承者」という言葉に、胸が締め付けられる思いがする。


「私たちは…封印された何かを解き明かそうとしています」


蓮は頷いた。彼の表情は真剣で、しかし怖れはなかった。


「"神の欠片"を探しているんですね」


その言葉に、ルカとクロは言葉を失った。チクワは耳を立て、鋭く蓮を見つめた。


「なぜそれを…」


「祖父のノートに書かれていました。"神の力の九つの欠片"について。そして、それを集める方法と、代償について」


蓮は再びノートをめくった。そこには欠片の形状や性質が詳細に記録されていた。「声」「願い」「時」「光」「影」「封印」…その他いくつかの言葉が並んでいる。風見柊介の几帳面な筆跡で書かれた記録は、科学的データと神秘的な描写が絶妙に融合していた。


「祖父は欠片のことを研究していた…」ルカは驚きの表情を隠せなかった。「どうして?」


「祖父は…封印の儀式の目撃者だったからです」


その言葉に、クロが強く反応した。右目の紋様が激しく光り、彼の体が震えた。狐面の下から、荒い息遣いが聞こえてきた。


「柊介…あの日、いたのか」


クロの声には、思いがけない感情が混じっていた。懐かしさ、痛み、そして微かな希望。彼の姿勢からは、急に姿勢を正したような緊張感が伝わってきた。


「ええ、祖父は科学者として現象を記録するつもりでしたが…その日見たものは科学では説明できなかったそうです。それからは、科学と超常の境界を研究するようになった」


蓮は部屋の奥の棚から、古い革製のノートを取り出した。ページをめくると、そこには精巧なデッサンと共に記録が残されていた。


「封印の夜、空気中の湿度が急激に変化し、霧が放射状に広がった。そして七時四十二分、月明かりが最も強くなったとき…」


蓮は中央のページを開いた。そこには神社の境内と思われる場所が描かれ、白い着物を着た少女—チヨだろうか—が描かれていた。少女の周りには霧と光が渦巻き、九つの小さな光が放射状に飛び散る様子が記録されていた。


「祖父はこれを『記憶の放射』と呼んでいました。九つの欠片が生まれる瞬間です」


ルカは息を呑んだ。封印の瞬間がこんな形で記録されているとは。チクワが低く鳴き、蓮のノートに近づいてきた。その瞳がノートに映る光に反応し、青く輝いている。


「それに、もう一つ…」蓮は恐る恐るページをめくった。「祖父は村全体が記憶を失う様子も目撃していました。"夕霧村"と呼ばれる集落です」


「夕霧村…」クロが小さく呟いた。彼の声には痛みが混じっていた。


「ガラスケースの欠片は…どこで見つかったの?」ルカは視線をそらすように話題を変えた。


「祖父が霧見山の山頂で発見したそうです。十年前の封印の直後に」

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