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第50話 「時の結晶」の発見

クロが部屋の隅から声をかけた。


「ここに何かある」


振り返ると、クロは小さな扉を示していた。書類保管庫のようだ。チクワがその扉に前足をかけ、低く唸っていた。金色の瞳が青く輝き、扉の向こうに何かを感じ取っているようだった。


「あぁ、コレクションルームですね」


蓮が言った。


「祖父の個人的な収集品が保管されています。特に異常気象の記録や…」


彼は言葉を切った。何か言いよどむ様子がある。蓮の表情がわずかに曇り、迷いの色が浮かぶ。眼鏡の奥の瞳が揺れ、何かと闘っているような表情だった。


「何かあるの?」


「…実は、祖父はある特殊な現象を記録していました。十年前の夏至の夜に起きた、霧梁県全域での"記憶の異常"について」


ルカの心臓が早鐘を打った。十年前の夏至…それはチヨが封印した夜と同じだ。胸ポケットの欠片たちが、共鳴するように脈打つ。ルカの意識の奥で、何かがつながり始めていた。すべては偶然ではない。蓮との出会いも、この場所も。


「どんな記録?」


「霧梁県の住民が一斉に"何かを忘れた"という報告です。特に久遠木周辺で顕著だったとか」


蓮はコレクションルームの扉を開けた。中は狭く、壁一面に棚が設置され、記録用紙や小さな機材が整然と並んでいる。部屋の空気は異様に冷たく、埃の匂いに混じって何か異質な香りがした。それは春の雨の後の土の匂いのようでもあり、冬の霜が降りた朝の空気のようでもあった。時間そのものの香りと言えるかもしれない。


「すごい…」


部屋の中央には小さな台があり、その上にガラスケースが置かれていた。中には青い結晶—時の欠片がある。それは淡く脈打ちながら光を放ち、周囲の空気を明滅させていた。欠片の存在が時間の流れを歪め、部屋の空気がわずかに波打っているようだった。チクワが欠片に向かって前足を伸ばし、金色の瞳が青く輝いた。


「これは…」


蓮はガラスケースに近づいた。クロの紋様が強く光り、彼の体から緊張が伝わってくる。まるで何かを恐れているかのように。ルカは彼の横顔を見た。狐面の下でどんな表情をしているのか、想像もできなかった。だが、その姿勢には明らかな警戒感があった。

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