表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/119

第5話 囁く魂の写祓

シャッターを切る。カシャリ——その音が、今日の記憶をひとつ、封じた。フィルムに淡い影が浮かぶ。囁き声がフィルムに封じられ、ルカは息を吐く。


「よし、終わった。ちゃんと浄化できたかな」


彼女はカメラを下ろし、鏡を見つめる。自分の顔が、一瞬別の顔と重なって見えた。何か大切なものを忘れている感覚—それが彼女の胸を締め付けた。


「…なんか、嫌な予感するんだよね、こういう夜って」


霧が深まる。写真館の外、影向稲荷の鳥居が闇に沈む。廃墟の噂が、霧に紛れて囁かれる。朽ちた温泉宿、止まった遊園地、霧の観測所。記憶が濃く残る場所。それらは写し世との境界が最も薄い場所。ルカは耳を塞ぐ。


「関係ないよ。私の仕事は、ただ写すこと」


チクワが毛を逆立て、鏡に光が走る。遠く、青緑の狐の影が揺れる。湿板の硝酸銀が鏡を揺らす現象——青緑の霧がクロを呼び寄せる兆候だった。写し世の住人の一部が、現世に漏れ出す前触れ。ルカの胸が締め付けられる。懐中時計が七時四十二分を指す感覚が体を貫く。「わたしのことを、ずっと覚えていてね」という柔らかな声が微かに記憶の底から浮かび上がる。


「…来ないでよ、誰だか知らないけど」


彼女はカメラを握り直す。


ルカは独り、思う。


光が強すぎると、影は写らない。だから私は、曇りの日を好んだ。境界がぼやけた風景の中でだけ、見えないものの気配が写り込む気がしていたから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ