第5話 囁く魂の写祓
シャッターを切る。カシャリ——その音が、今日の記憶をひとつ、封じた。フィルムに淡い影が浮かぶ。囁き声がフィルムに封じられ、ルカは息を吐く。
「よし、終わった。ちゃんと浄化できたかな」
彼女はカメラを下ろし、鏡を見つめる。自分の顔が、一瞬別の顔と重なって見えた。何か大切なものを忘れている感覚—それが彼女の胸を締め付けた。
「…なんか、嫌な予感するんだよね、こういう夜って」
霧が深まる。写真館の外、影向稲荷の鳥居が闇に沈む。廃墟の噂が、霧に紛れて囁かれる。朽ちた温泉宿、止まった遊園地、霧の観測所。記憶が濃く残る場所。それらは写し世との境界が最も薄い場所。ルカは耳を塞ぐ。
「関係ないよ。私の仕事は、ただ写すこと」
チクワが毛を逆立て、鏡に光が走る。遠く、青緑の狐の影が揺れる。湿板の硝酸銀が鏡を揺らす現象——青緑の霧がクロを呼び寄せる兆候だった。写し世の住人の一部が、現世に漏れ出す前触れ。ルカの胸が締め付けられる。懐中時計が七時四十二分を指す感覚が体を貫く。「わたしのことを、ずっと覚えていてね」という柔らかな声が微かに記憶の底から浮かび上がる。
「…来ないでよ、誰だか知らないけど」
彼女はカメラを握り直す。
ルカは独り、思う。
光が強すぎると、影は写らない。だから私は、曇りの日を好んだ。境界がぼやけた風景の中でだけ、見えないものの気配が写り込む気がしていたから。