表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/119

第48話 観測所へ到着

会話をしている間に、霧が少し薄くなってきた。そして突然、目の前に霧見気象観測所の建物が姿を現した。


「着いたみたいね」


三階建ての古い建物。コンクリート造りで、戦前の堅牢な建築様式が残っている。屋上には風速計や無線塔が立ち、側面には階段が這うように伸びていた。窓の多くは割れ、壁面には苔が生えている。建物全体からは時間の重みと、どこか神秘的な雰囲気が感じられた。


霧が流れるように建物を包み込み、その輪郭を幻想的に浮かび上がらせていた。壁面に生えた苔や蔦が時間の流れを象徴し、割れた窓ガラスから覗く内部の暗がりは、過去の記憶が眠る深淵のようだった。


風が運ぶ匂いは、古い金属と湿った石材の匂い。そこには過去の時間が染み込んでいるようだった。風が建物を通り抜けるたびに、かすかな囁き声のような音が聞こえる。記録する鉛筆の音や、観測機器が奏でる律動的な音、古い天気図が風にめくれる音が、風の中から聞こえてくるような錯覚を覚えた。


「ずいぶん古いのね」


「ここは戦前から戦後にかけての気象観測の重要拠点でした。特に霧梁県の異常気象の研究に貢献したんです」


蓮は懐かしむように建物を見上げた。彼の目には深い愛情と尊敬の色が浮かんでいた。


「子どもの頃、何度か祖父について来たことがあります」


蓮の瞳には、幼い日の記憶と祖父への敬愛が映っていた。彼にとって、この廃墟は単なる研究対象ではなく、個人的な思い出が詰まった場所なのだった。


「祖父は特別な壁画を見せてくれたんです」彼は急に思い出したように言った。「壁に描かれた霧の波紋の図。幼い目には不思議なパターンに見えましたが、祖父は『これは時間の流れの地図だ』と言っていました」


三人は建物の入り口に向かった。扉は鎖で固定されているが、錆びて弱くなっている。蓮が鎖を引っ張ると、簡単に外れた。


「鍵が壊れてるわね」


「そうですね。地元の子どもたちが忍び込んだりしているみたいです」


扉を開けると、中は薄暗く、埃が舞っていた。廊下には落ちた天井材や壁紙が散乱し、床には小動物の足跡が残っている。廃墟の静寂は、どこか時間が止まったかのようだった。


空気は冷たく、湿っており、カビの匂いと古い紙の香りが混ざっていた。ルカは思わず身震いした。この場所には確かに「記憶」が染み込んでいた。写し世の力が強い場所特有の、時間が層になって積み重なる感覚。


しかし、その静寂の中に、かすかな囁き声が混じっていた。過去の観測員たちの声が、時間の層を超えて漏れ出しているかのよう。「明日は雨だ」「霧の予報を出せ」「七時四十二分、記録せよ」…風に乗って断片的な声が響く。


壁にはいたるところに観測データが残されていた。日付と時間が記された古い気象図、等圧線の描かれた地図、霧の濃度を示すグラフなど。それらは大部分が風化していたが、いくつかはまだ判読可能だった。とりわけ目立つのは、「七時四十二分」という時刻が赤で何度も丸で囲まれた記録だった。


「注意して歩いてください。床が抜ける場所もあります」


蓮が先導し、三人は中に入った。チクワも彼らの後に続き、鼻を鳴らしながら床の匂いを嗅いでいた。廊下を進むと、広い部屋に出た。観測室だろうか。壁一面に計器や図表が並び、中央には大きな作業台がある。


「ここが祖父の仕事場です」


蓮が言った。彼は作業台の引き出しを開け、中身を確認し始めた。引き出しから古びたノートや黄ばんだ図表、フィルムケースなどが次々と出てくる。彼の手つきには、大切な宝物を扱うような丁寧さがあった。


「記録ノートを回収したいんです」


ルカはクロに目配せした。欠片はどこにあるのだろう。クロは小さく頷き、部屋を探索し始めた。彼の右目の紋様が青く光り、その光が部屋の隅々を照らすようだった。まるで写し世の残響を探るかのように。チクワも何かを感じたように、部屋の端にある棚の方へと歩み寄った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ