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第42話 ルカの代償

メリーゴーランドの回転が徐々に速くなる。風を切る音、音楽、そして何か別の音。子どもたちの笑い声。ルカは目を開けた。


メリーゴーランドの周りに、子どもたちの幻影が見える。透明で、儚げだが、確かにそこにいる。遊園地で遊んでいた子どもたちの記憶だ。彼らの中に、車椅子に座った少女がいた—カナだろうか。


彼女の姿は他の子どもたちより鮮明で、その笑顔には特別な輝きがあった。少女はルカを見つめ、小さく手を振った。その仕草にはどこか懐かしさを感じた。かつて見たことがあるような—チヨの古いアルバムの中の写真だろうか。


子どもたちがルカの方に近づいてくる。彼らの顔には様々な表情があった。笑顔、驚き、そして…羨望?


「遊びたかった」「もっと楽しみたかった」「願いが叶うはずだった」


子どもたちの声が重なり、ルカの周りで渦を巻く。その声は非難めいたものではなく、単純な願望の表現だった。だがその純粋さゆえに、心に深く響く。


星模様の木馬が突然、強く光り始めた。その体から青い光が溢れ出し、子どもたちの姿を貫いていく。彼らは驚いたように立ち止まり、その光を見つめた。


「姉さんに会いたい…すべてを思い出したい」


ルカは心の底から願った。その願いが星模様の木馬に伝わったのか、光はさらに強まり、ルカの手元に小さな結晶が現れる。それは声の欠片より大きく、より鮮やかな青だった。


「願いの欠片…」


欠片に触れた瞬間、頭に激しい痛みが走った。何かが消えていく。光が引き抜かれるように、記憶の糸が切れていく。欠片は「願いに最も強く結びついた記憶」を代償として選んでいた。それはチヨとの再会を願う純粋な希望の原点だった。


欠片の青い光がルカの頭の中を満たし、記憶が一枚一枚めくられていくような感覚があった。そして一つの光景が浮かび上がる。


浮かび上がる断片的な映像—教室の窓際に立つ少年の横顔。桜の花びらが舞い、彼が振り返る。優しい笑顔。胸がときめく感覚。小さな手紙。返事を待つ緊張。初めて抱いた、誰かへの特別な気持ち。


心の奥深くで輝いていた思い出が、一つずつ光を失っていく。少年の顔が徐々にぼやけ、名前が消える。彼との会話、共有した秘密、交わした約束。すべてが霧に溶けるように薄れていく。


「私の…初めての希望…」


中学時代の初恋の記憶。ルカの最初の、純粋な希望の形。それが砂のように崩れ、風に吹かれるように消えていく。欠片は常に等価以上の代償を求め、その強い感情こそが彼女の中で特別な光を放っていたのだ。


記憶の糸が切れる痛みと、チヨに触れられた喜びが混ざり合い、ルカの意識が揺らいだ。


目の前が暗くなり、意識が遠のく。瞼が重くなる前に、ルカは隣を見た。そこではクロも同じように欠片を手にし、激しく身をよじっていた。彼の狐の面が一瞬、ずれた。右目の紋様が異常な速さで明滅し、彼の口から悲鳴にも似た声が漏れる。


「チ…ヨ…」


その名を呼ぶクロの声が、ルカの意識の底に沈んでいった。声には深い痛みと懐かしさ、そして何かを失う恐怖が混じっていた。


クロの面がさらにずれ、その下の顔の一部が見えた気がした。チヨに似た目元。切なさに満ちた、どこか見覚えのある瞳。だが、それ以上は見ることができなかった。クロの姿が青白い光に包まれ、その輪郭がぼやけていく。彼の記憶からも、何か大切なものが引き抜かれていくようだった。


そして闇が訪れた。

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